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 昼食を終えると、いつものようにユシライヤはエルスを迎えに来て、自室へ戻りましょうか、と促してきた。
 彼女の両腕には分厚い教本が積まれるように抱えられている。数時間その本に囲まれて過ごさなければいけない日なのだ。

「ごめん、今日はそんな気分じゃないんだ!」

 エルスはそれだけ言うと、自室とは真逆の方向へ脚を進める。
 無論ユシライヤは納得がいかない様子で眉をひそめたが、止める間もなくエルスが駆けて行ってしまうので、渋々と彼を見送るしかなかった。
 どうせいつもそんな気分にはならないくせに、とユシライヤは心の中で思った。

 自分の護衛として長い間付き添ってくれているユシライヤには、秘密なんてものは無い。だが今日ばかりは彼女にも言えない用事がある。
 叔父にあたるシェルグに誘われ、彼が同行するという条件付きで、少しの間なら城の外へ出ても良いと言うのだ。

 叔父と二人、顔を合わせて話をするのはとても久しい。彼は日夜執務に追われているようでいつも忙しないという印象が強い。
 だから、位の継承権が彼よりも自分が優先されるというのがエルスには理解できない。彼のほうが相応しいとエルスも思うし、彼自身がそう思っているであろう事は明らかだった。

 昔とはまるで遠い存在になってしまったようだ。そんな彼とまともに話が出来るだろうか。
 不安になったエルスの足取りは、少しだけ重くなった。

 待ち合わせたのは見晴らしの良い張り出し台だ。
 そこには既にシェルグが来ていて、エルスを見ると微笑んでくれた。
 それだけでエルスの不安は消え去り、自然と昔のように接する事が出来た。

「兄上、待たせちゃったかな」
「いや。外を眺めていた。お前もここから見てみろ。この頃は近付かなかっただろう」

 シェルグに招かれ、彼の隣に身を寄せる。その感覚は照れくさいものだったが、懐かしくもあった。
 幼い頃、この場所に彼に連れられ、同じように二人で外を眺めた事がある。その時に見た景色があまりにも美しくて、以来エルスは外界に憧れを抱くようになった。
 城の中には無い数多の色がそこに存在しているのだ。
 あと一月もすれば次の季節が訪れる。空気の冷える時期にもなると、風の匂いも変化する。

「歳を重ねるのは惨いものだな。かつて大きく見えたものが、途端に儚く思える時が訪れる。いずれお前もここでの景色など霞んで見える程になるかもしれんな」

 一回り歳の離れた叔父は、風に吹かれる木々を見てそう言う。エルスにとっては父の代わりというよりは兄のような存在だ。自分もいつか彼のようになるのだろうかと、背中を見て育ってきた。
 未知のものへの好奇心が溢れているエルスには彼の言う惨さというものは理解できなかった。きっと、彼に近い人間になるのはまだずっと先の事なのだろう。

 そろそろ行くか、とシェルグが踵を返すので、エルスは付いていく事にした。
 しかし、彼が向かう先はエルスが思っていた方向とは違っていた。

「あれ? 城門のほうじゃないの?」
「城の出口は一つではないさ。遠回りにはなるがな。普通ではないほうが、程よい緊張感があって楽しいと思わんか」

 エルスと同じ目線で道程を選ぶなら、確かにその通りなのだ。彼の自分に対する接し方はやはり昔のままだった、とエルスは嬉しくなった。

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