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 すべての紋章の起源となるのも、また一つの紋章であった−−と、ミルティスにはそう伝わっている。あまりにも強大な力を持ったその紋章は危険視された。その力を弱める為、紋章自体を白色と黒色の二つに分けたのが、創始者なのだという。
 元々一つであったものは、必然的に元の形に戻ろうとする。ユリエはオルゼを求め、オルゼはユリエを求める。二つの紋章の邂逅が叶えば、再びその脅威は甦るのだ。

 無意識にも、その片割れが宿る自身の二の腕にエルスの手がのびる。

「じゃあ、あそこにあったやつって……」
「いいえ。実は、ユリエの紋章自体は、遥か過去に創始者様が封印したのです。既にこの地には存在していません。祭壇に祀られているあの晶体からも、紋章の力は感じ取れませんでした」

 エルスは胸を撫で下ろす。しかし、自らに宿るものが、思っていたよりも大きなものだと知った。
 そして、そのユリエを神と崇める黒の教徒。実際の紋章が既に存在しなくとも、深く関わりたくない連中ではある。

「私は、不安だったのです。ユリエという名がこの場所に有るだけで。やはりあなたを連れてくるべきではなかった」

 精神が不安定であるせいか、ターニャは術を唱えることが出来なかった。せめてエルスだけでも脱出させたいと試みても、転移の術は発動しなかった。

「あなたを救うと言ったのに。肝心なところで、私は何も出来ないのですね」
「それは違うよ。僕が行こうって言ったんだから。それに、僕たちには目的があるじゃん」

 エルスの視線は、ターニャの呼応石にあった。それが無事奪われず手元にあるのは、せめてもの救いだ。ターニャを求めるかのように、導くかのように、それは未だ弱い反応を続けていた。
 彼女は、それに応えて頷いた。

 音の無い詠唱が、堅牢な檻を揺るがす。
 不審な動きに気付き黒装束が集まるが、放たれた閃光に眼が眩み、たじろいだ。次の瞬間には、行く手を塞がれていたはずの四人が、彼らに立ち向かっていった。


 相手は戦闘には不慣れなのだろう。一行は、迫り来る敵を次々と薙いでいく。
 倉庫のような場所から、荷物もすべて取り戻す事が出来た。ユシライヤにいたっては、素手で何人もの黒装束を倒してきたにも関わらず、剣を握っていたほうが落ち着く、と言った程だった。

 地下牢、という表現は果たして正しいだろうか。そこには捕らわれている人間が多く居た。彼らは教徒に逆らった訳ではなく、儀式を受けた直後に意識を失い、気付けば檻の中に居た−−そういう人間ばかりだった。つまりは、四人もその内の一例に過ぎない。教会に足を運んだ時点で、どのみち同じ結果を辿っていた訳だ。
 そうして無差別に収容された人間の中に、ターニャはついに見知る者の姿を捉えたのだ。

「フレイロッド! やっぱり、貴方だったんだね!」
「ターニャ様……何故、ここに」

 フレイロッドと呼ばれた青年は、後ろで両手を縛られ、壁に背中を預ける形で捕らわれていた。
 ターニャはすぐさま彼の拘束をほどく。すると、ふと力が抜けたように、フレイロッドは倒れこんだ。ターニャが支えたその身体は、冷たく、そして−−軽い。絞り出すような声で、彼は必死に何かを伝えようとしていた。

「ターニャ様、逃げて……ください」
「フレイロッド、今はまだ喋らないで。あなたの身体、限界が近いじゃない」
「俺は、いいんです。早く……あの男に、見付かる前に……」

 ターニャの腕の中で、フレイロッドは気を失った。彼の身体を支えながら立ち上がり、ターニャは脱出を試みようと転移術の詠唱を始めた。

 石が闇色に染まったのは、既にその瞬間からだったのかもしれない。


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