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 鮮やかな色硝子は、刻の流れを表すかのように、赤、橙、黄、緑、青、紫−−その順の繰り返しで彩られる。
 一際目を引くのは、祭壇中央の台座に飾られた大きな黒色の球体。水晶のようなものだろうか、僅かに透けて見える。
 深い縦長の構造の教会内部は、取り立てて怪しいところは無く、誰かが捕らえられているような様子も見受けられない。

「こちらが、我らが神を型どった秘石です。祈りを捧げましょう」

 黒の聖職者は、黒色の球体を神と同等のものだと言った。
 その御前では心身を清めなければいけないのだと、導く者に連れられるままに四人は身廊を進んだ。僅かな段差を越えた床上には、円陣が描かれていた。
 四人がその中に収まると、ユリエの秘石と共鳴したかのように、床上から光が放たれる。光が四人を包み込んだのを確認した聖職者が、何かを唱え始めた。
 日常で使われる機会を失った言語の羅列。エルスらには何を言っているかがわからなくとも、ターニャには理解出来た。

『−−万物の根源たるユリエ、白き地より分け与えられし黒き地のユリエスへ、慈愛の導きを−−』

 それを聴いて、彼女の抱いていた不安が確信に近いものに変わった。
 儀式の途中にも関わらず、ターニャはエルスの肩を掴んで、訴える。

「今すぐ、逃げてください。最悪でも……あなただけは絶対に」

 神聖な儀式を中断させたターニャの目前に、聖職者の聖杖が警告を示した。
 しかし、ターニャはそれを振り切ってエルスの手を引き、扉口へと駆けていく。訳の解らないまま、ユシライヤとエニシスもそれに続くしかなかった。

 だが、脱出は空しくも叶わない。入口の扉が閉じられ、内部を照らしていた灯りがすべて消え、空間は闇に包まれた。
 近付いてくる足音。それでしか周囲の状況を把握できない。

「ユリエ様がお分けになられた力、誰しも等しく与えられるべきなのですよ」

 その後、身体に受けた衝撃で、四人の記憶はそこで途切れた。

* * *

「エルスさん。大丈夫ですか?」

 冷えた空気に震えるターニャの声で、エルスは目覚めた。未だ覚醒しきらない頭で、なんとか仲間が無事でいることを確認し、安堵する。
 しかし、四人を遮るのは堅い鉄格子だ。見回るかのように数人の黒装束が歩いている。もはや、彼らには聖職という言葉は相応しくないだろう。

「まあ、確かにここに誰かが捕らわれているであろう事は間違いないでしょうね」

 実際にこうして捕らわれている人がいるんですから、とユシライヤが言う。どうやら武器を含めて、ほとんどの荷物も奪われてしまったようだ。

「でも、まさかお前が取り乱すとは思わなかった。ターニャ……さん、何故あんな事を」

 ユシライヤの問いにターニャは黙した。これ以上、無関係の者を巻き込みたくはなかったからだ。ミルティスへ辿り着き、無事に紋章からエルスを解放させれば、彼は救われる。自分たちの都合で彼らを振り回さずに済む。
 しかし、それで本当にすべてが終わるのか。ユリエという名がこの地に残る以上、いずれ避けては通れない道が迫っているのかもしれない。
 彼女は一呼吸置いて、重い口をようやく開いた。

「私たちが欲する……そして、エルスさんが宿す白色の紋章−−オルゼには、元々は一つであったものの片割れ、対となる紋章が存在するのです。それが、黒色のユリエ。恐らく……ここで崇められている神というのは、ユリエの紋章そのものなのでしょう」


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