29

 夜にしんしんと降る雪は美しく、ミルティスの空間に浮かぶ魂の光に似ている、とターニャは思った。
 彼女の胸に提げられた呼応石が、僅かに青紫の光に色付いている。外の景色をミルティスと重ねたのはそのせいでもあった。

 直接声にせずとも、頭の中で詠む事が出来るのが転移術だ。隣の寝台で寝息をたてているユシライヤには、気付かれずに済みそうだ。
 窓の向こうを見つめるターニャの身体を、光の粒子が包み込んでいく。瞬く間に、全身が光に覆われて、握りこぶし程度の大きさにまで収縮した。その光の玉は締め切っている窓をもすり抜け、まるで雪のようにゆっくりと下降する。そのうち光は元の人型を形成し、ターニャの両足が雪上に足跡を描いた。
 一晩のうちに成さなければならない。ターニャは呼応石が強く反応を示す方角を探りながら、建物の陰に身を潜めて進んだ。

 しかし、思わぬ人物が、行く手を塞ぐように目前に立ち竦んでいた。

「どこに行くんだ? たった一人で」

 エルスが夜の雪空を眺めていた。刻は既に日を跨いでいる。彼がまだ眠りについていないとは思わなかった。

「……微弱ですが、紋章術の反応があったのです」

 呼応石のその光は、いつの間にか消え失せてしまっていた。
 彼女は最初にエルスを見付けた時も、その石の反応に導かれてベルダートへ辿り着いた。他者が紋章術を発動した際に共鳴し、紋章の色と同じ色を光で示すという、不思議な石だ。
 聖都シェリルに脚を踏み入れてから、呼応石は僅かに反応を示していた。その間ずっと紋章の力が放たれ続けていたという事だ。光はとても弱々しく、ターニャには術の発動者が助けを求めているかのようにも思えていた。
 そして、呼応石が示した色、青色のルビの紋章と紫色のリフの紋章、その二つを宿す人物を、彼女は知っている。

「フレイロッド−−私と同じくミルティスの者かもしれません。もし、彼の身に危険が迫っているのだとしたら、どうしても放っておけないのです」
「……僕が聞いたのはそういう事じゃないよ」

 質問には答えたはずだったのにと、ターニャは唖然とする。

「僕の周りの人は、みんな……一人で考えて、一人で決めちゃうんだよな」

 何も話さずに自分の元を離れる人間に、不安のような、寂しさのような、よくわからない感情が渦巻いていた。その為にエルスは眠れない夜を過ごしていたのだ。
 離れられた方も孤独である。そう感じるのは、何も異端と呼ばれる存在に限った事ではない。ターニャも、ユシャも、エニシスも、そしてエルス自身も、時々独りになりたがる。

「でも、今僕たちは四人なんだよ」

 彼が言おうとしていることが、ターニャにもようやく理解できたようだ。

「だ、駄目です。これは私情で、あなたたちには関係の無い事です。危険なんです。巻き込みたくはありません」
「だからだよ。そう言ってくれるお前を−−仲間を、たった一人で、そんな危険な場所に行かせたくないだろ」
「仲間……ですか」

 エルスは案外強情で、有無を言わせず相手の手を引くことがある。思わぬ言葉に戸惑いを見せるターニャにも、同様にそうするのだ。

 ターニャは目立つ行動は出来ない身の上だった。呼応石の反応だけが頼りなのだが、消え失せた石の光は、未だ輝きを取り戻してはいない。
 もしかしたら、術の発動者は既に危機から脱したのかもしれない。もしそれがフレイロッドなのだとしたら、彼が無事であることを願いながら、ターニャはエルスの意見に従って、踵を返すのだった。


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