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「私達ミルティスに所属する者からしてみれば、例えば創始者様のような、絶対的服従を誓う関係なのでしょうか」
「そういう訳じゃないよ。でも」
「オルゼンは、あなた達ユリエスとは異なり、家族というものを形成しません。生まれた子は直後、独立します。ですから、申し訳ないのですが、そういった感情が、私には正直……理解できないのです」

 そう言われてしまえば、もはやエルスには返すべき言葉が無かった。

 数年前、城内を駆け回っていた時、侍女達が仕事の合間にこそこそと話しているのを聞いた事がある。一人目を喪った数年後に、王妃が二人目を身籠ったということ。しかし、その誕生は反対されていたこと。継承者にはシェルグが居るのだから、病身に更なる追い打ちをかけるような必要は無いのだ、と。
 だが、周囲の反対を押し切って、シャルアーネはエルスの命をこの世に迎えた。彼女の経過を医師が付きっきりで看なければならなかった為に、生まれたばかりのエルスは侍女達の手で育てられた。故にエルスが彼女を母だと認識したのは、幾つかの言葉を覚えた後、暫く経ってからの事だった。
 その頃、父のリオの姿は既に無かった。実は何度か言葉を交わしていたらしいが、あまりにも幼い頃の事なので、エルス自身は覚えていない。
 言うなれば、両親の手の温もりをエルスは知らない。それでも、その話を聞いてからは、母を家族として特別な存在だと感じるようになった。当時自分の誕生を望んでくれていた、唯一の人間だったから。

「あ、あの……」

 黙して立ち止まってしまっていたエルスは、呼び掛けられて我に返る。

「向こうに、ベルダートの騎士さんが居ます」

 進行方向を指して、エニシスがそう言った。森で遭遇した騎士と同じ団服を身に付けた人間が見えたのだ。
 しかし、二人にはその姿が確認できない。

「隠れるん、ですよね?」

 エルスはすぐには答えなかったが、エニシスが彼の手を引いて、三人は細い路地裏へと入り込んだ。

 暫しの間、人の流れに紛れながら身を潜めていた。すると確かに、ベルダートの騎士団員が一人、エルスらには気付かないままにその場を横切っていった。
 その姿はほぼ一瞬しか捉える事が出来なかったが、長身の彼は雑踏の中でも目立っていた。後ろで束ねた漆黒の長髪、右目を覆う眼帯。エルスにはそれが誰であるかが、すぐに判った。
 ベルダート騎士団王都護衛軍指揮官、ロアール=イスナーグ。まるでエルスにとってのユシライヤのように、常にシェルグの側に身を置くが、最近は彼の姿を見掛けないと思っていたところだ。
 ロアールとはあまり話した事が無い。彼の持つ独特な威圧感は、エルスにとっても近寄りがたい雰囲気を纏っている。

 間もなくして、同じ方向からもう一人の騎士がそこを通った。彼は一帯に貼られた手配書を隈無く回収しながら、足早にロアールを追い掛けた。
 慌ただしい騎士の様子に、周囲も疑問を抱いたようだ。彼が駆けていく方向へと皆の視線が集中する。どよめきが起こる中、誰もエルスらを気にしている様子など見受けられない。
 今こそが逃げ出すには契機だと言える。
 しかし、エルスは他の人間と同じように、騎士が向かった南側へと眼を向けたまま、反対側へは動こうとしない。
 きっとユシライヤの存在が暴かれてしまったのだ。そう思ったら、もう抑えきれなくなっていた。

「ごめん。やっぱり駄目だよ」

 無謀にも騎士が向かったその方向へと駆け出した彼の背中を、二人は止めなかった。


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