21

 金に目が眩んだ、ならず者の集団だ。手配書とも言えるそれを、楽しむように見せびらかして、ユシライヤの首筋を撫でるように、短剣をあてがわせる。
 男達は誰一人として、自身を狙う別の視線に気付けずにいた。
 風を薙いだ何かが、ユシライヤを捕らえる男の右手を掠めて、行き場を無くした短剣が地の上に落ちる。手の甲を傷付けたものが何であるかが判らないうちに、二度目が彼の頭部を掠めた。
 飛来してきたものが着地するのを確認すると、それは矢だった。何処から放たれているのか、男達は辺りを見回す。
 すると、その内の一人が、木陰に隠れて弓を構える少年の姿があるのに気付いた。いつの間に陣取られたのか、その理由は思い返すまでもない。赤髪のお尋ね者に気をとられ過ぎて、その仲間の存在を視野に入れなかったのだ。
 滴る血と悔しさに頬を滲ませながら、負傷の男は若き射手のほうへと向かっていく。近接戦では弓を武器にする小柄な相手など恐ろしくはない。
 しかし、もう一人の仲間がそれを許すはずが無かった。
 エニシスに意識を向けた男の腕が、まるで固い金属を叩いて跳ね返ったかのように押し戻される。何も見えないのに、確実に何かがそこに張られていて、攻撃は幾度も弾き返されてしまう。
 その理由が解ると、男はたじろいだ。エニシスの後方で、ターニャが術を唱えているのが見えたのだ。彼の周囲に結界を張られたのだろう。常人には成し得ない術の行使に、男は「天上人が居るなんて聞いてねえ」と、情けない声で叫んだ。
 その男が後退すると、同じく他の者も前進を躊躇した。正しくは“天上人”という言葉に恐怖を抱いた。
 ターニャがその場に姿を現し、詠唱を始めた彼女の足元に紋章術の円陣が描かれた瞬間、彼らは「敵う訳が無い」、「あの金額では割に合わない」といった事をそれぞれ口にしながら、散り散りに退却していった。

 程なくして、辺りは静閑を取り戻した。
 ターニャが真っ先にユシライヤへと駆け付け、治療すべきところは無いかと聞いてくる。ユシライヤが拒否したので、「何事も無くて良かったです」と、ターニャは安心したように微笑んだ。

 安全を確認して、エルスも馬車から降りてくる。どうやら馬車にも危害は加えられていないようだ。

「ターニャもエニシスも凄いんだな! ユシャが捕まっちゃった時はびっくりしたけど、二人のおかげで助かったんだ。なあ、ユシャ」

 彼が同意を求めるように顔を覗き込むので、従者は渋々と肯定するしかなかった。

 そこに、同行者の女性が彼らに近付いてくる。隠れてしまった馭者の姿は、そこからでは見えない。

「彼、もうあなたたちを乗せたくないって言ってるわ。犯罪者になりたくないからって。王都へ連れていけば良いのに、何故そうしないのかしらね」

 女性は愉しそうに笑みを浮かべながら言った。エルスは何か言い返そうとしたが、従者に止められてしまった。自分達がした事の危うさは理解していたはずだが、それでもエルスは悔しくて、言葉を飲み込むのに精一杯だった。

「私はね、実はあなたたちみたいな子は嫌いではないの。でも確かにその髪色は目立つわね」

 女性は鎖骨の辺りの留め具を外して、自身の頭部から肩までを覆う頭巾を脱いだ。隠れていた素顔が露になる。波がかった金髪と美しい白肌の、どこか雪の冷たさを感じさせるような女性だった。
 彼女はそれをユシライヤに差し出して、「じゃあ、またね」と、陽気に手を振って、馬車へと乗り込んだ。

 まるで先程逃走した男達のように、馬車は走り出す。その姿が遠目に小さくなっていくのを黙って見つめた後、エルスは飲み込んでいた言葉を口にした。

「自由になりたいってだけなのに、それがどうして罪になっちゃうのかな」


[ 22/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -