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悪い予感ほど的中してしまうのは何故だろうか。その時、エルスは多少なりとも自分の決断を後悔しただろう。
もし、危険が迫るような状況になった時には、女性の無事を何よりも優先する。必要であれば戦いに身を投じて欲しい−−それこそが、馭者に差し出された条件。つまり、彼女の護衛役としての同行でもあったのだ。
しばらく様子を窺っていると、馭者がこちらを気にするように見ていた。彼を脅すような、数人の男の声。「じゃあ、そいつはそこに居るんだな」と言っていたのが、エルスらにもはっきりと聞こえた。
それを合図にしたかのように、武器を携えた者がどこからか次々と姿を現した。エルスらの馬車は僅かな時間のうちに囲まれてしまった。
狙われているのは“彼女”だろうか。しかしその女性は平静を保っていて、一切取り乱さない。
「ユシライヤさん。私が彼らの相手をします。貴女はエルスさん達と共に、彼女を連れて何処か安全な場所へ逃げてください」
そう指示を出したターニャに、先に応えたのはエルスだった。
「ターニャ一人じゃ無理だよ!」
「私は平気です。貴方を危険に晒さないと約束しました。早く行ってください」
しかしユシライヤは、ターニャの指示を払い退けるように、その場を動こうとはしない。
「駄目だな。お前は一人で背負い込んだつもりだろうけど、その逆だ。この状況で、私達が無事に逃げられるとは思えない。この場で奴等とけりをつける」
彼女は、ここに残りターニャと共に戦う意思を伝えたのだった。
「ぼ、僕も戦えます」
彼女に続くように名乗りを挙げたのはエニシスだった。
「紋章の術は上手く扱えないかもしれません。でも、僕には……これも有るから」
彼はそう言って、トアの村で調達した武器に手をかけた。
彼らはまず、馬車を安全な所へ退避させようと考えた。その為に対象を自分達に向けられればと、自主的に姿を見せる事にした。それは挑発であった。
剣を構えたユシライヤが一人、馬車を降りる。ざっと十数人。その男達を相手に、彼女は言い放つ。
「退いてもらおうか。この中に居る人間を、お前達の汚い手で触れさせる訳にはいかない」
彼女を見て、何やらこそこそと話し合いをしていた賊は、怯える馭者には見向きもせず、ユシライヤ一人を狙ってきた。
ただ一点しか見えていない、その単純な攻撃を避けるのは彼女には容易いものだった。立ち向かってくる敵を、次々と薙ぎ払う。
とは言え、数では明らかに劣勢だ。その差はユシライヤの想像を越えていた。大勢に囲まれ、すんでのところで反撃が間に合わなかった。生じた隙に群がる男達の進攻。背後をとられ、受けた背中への衝撃が、ユシライヤの表情を歪ませた。
動きを封じ込めた男は、抵抗を見せる彼女の相貌を、舐め回すように凝視する。
「一致しすぎてるんだよな、変装すらしてねえなんて、舐められたもんだぜ」
目の前に近付いてきた別の男がそう言って、手にしている紙を広げて見せた。それはただの紙切れなどではない。彼らはわざとらしく、ユシライヤの顔とそれを見比べてはほくそ笑む。
描かれているのはユシライヤに似せた絵、その下には金額を表す数字、およそ民間人の年収にあたるであろう額が提示されている。最下部には依頼主の−−そこには、国王代理としてシェルグ=ベルダートの名が記載されていた。
王都から行方を眩ました反乱者として、ユシライヤには賞金がかけられていたのだった。
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