16

「れで族?」
「赤色の紋章の持ち主の事です。オルゼンの中でも、狂暴性の強い種族だと言われています」

 少年が示した力は狂気的なものだった。しかし、彼自身がそれを望んだ訳ではない。
 穏やかに眠る少年に、ターニャは憐れみのような感情を抱いたのかもしれない。

「その子を同行させましょう。力の扱い方を理解していないようでした。もしかしたら、私達ミルティスの創始者様にも、お力添えを戴けるかもしれません」

 エルスはその提案を歓迎した。放っておけないという理由で、何より自分がそう願っていたから。
 しかし彼女はどうだろうか。その不安を向けられた従者が、溜め息を一つこぼした後で答えた。

「あなたが決めた事に、自分は従うだけです」
「……え?」

 ユシライヤが思いの外あっさりと認めたので、エルスは思わず驚いてしまう程だった。

「あなたが城を出ると決めた時にも言いましたが、自分がすべき事は唯一つです。誰が居ようと、それが何人増えようと変わりません」

 彼女は、エルスに凭れ掛かる少年の身体を、自ら抱え込んだ。そのまま歩き出したのを、エルスはしばらく呆然と見つめて、その背中を慌てて追い掛けた。その後方にターニャも続いた。

「ユシライヤさん。有難うございます」
「別に、お前に礼を言われるような事はしていないけど」

 その言葉は邪険なものだったが、ユシライヤが振り返って応えたので、ターニャは嬉しかった。彼女と初めて目が合ったのだ。

 エルスは嬉々とした足取りでユシライヤを追い越して、木々の縁取りから外の世界へと一歩を踏み出した。地平線に近付き始めた太陽。それが隠れてしまう前に、追い掛けてみたいと彼は思った。
 ここから先、少しの距離を歩けば、人々が築いてきた暮らしが彩る、トアの村が見えてくる。
 彼は未だ、世界のほんの僅かな一片を知るに過ぎない。


 規則的な彼女の歩調は、鼓動を刻む音に似ていた。
 魂の律動を感じながら、少年は夢の中を彷徨っていた。あるいは取り戻した記憶の断片かもしれない。しかし、夢であって欲しいと願ったのは、呼び起こしたものが悲痛なものだったからだ。
 赤い惨劇。小さな村が燃えている。逃げ惑う人々。降りしきる雨。
 自身はただ、茫然と佇んでいた。そうしているうちに、村人が恐れ、離れようとしているのは、自分だと解った。自分の掌は、赤く染まっていた。
 こちらに近付いてくるのは、腰まで伸びる美しい赤髪の女性。その顔は朧気にしか映らない。彼女が必死で自分に話し掛けているのだが、よく聞き取れない。それに応える事が出来ないまま、彼女が泣き崩れる様を認識した。
 自分は何かを奪ったのかもしれない。本当は、何かを守りたかったのかもしれない。
 自身が宿す額の紋章は何故、悲劇を連想させるような、血や炎と同じ色をしているのだろう。

「リーベ、リュス……」

 ユシライヤの背中に揺られながら、少年はそんな寝言を言った。


 穏やかな風に揺られて落ちた一枚の葉が頬に触れて、グランドルは目覚めた。
 自分は何故倒れていたのか思い出そうとして、甦る記憶を振り払う。それに反して自分のどこにも外傷は無かったからだ。
 夕空から射し込んでくる光はとても美しくて、考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。噂を気にし過ぎて、きっと長くて恐ろしい現実感のある夢を見ていただけなのだ、と。 

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