13

 彼を先頭にして歩いてからは、森はまるで景色を変えたかのようだった。暫くぶりに、動物たちの姿を見掛け、鳥の囀りを聴いた。見た事の無い植物も生息していて、エルスの足取りは軽くなった。

「なあ、何で森に住んでるんだ?」

 不意に辺りを見渡しながら聞いたので、少年が立ち止まったのに気付かず、彼と衝突してしまった。エルスはすぐに謝るが、少年はそのまま立ちすくみ、下を向いて何も言わなかった。

「変な事言っちゃったかな? ここって確かに楽しいけど、寝るとことか無いし、料理とか出てこないし、不便だろ?」

 エルスにとって、生活する上での当たり前のものがここには存在しない。故にそれは単純な疑問だった。

「僕は不便とは感じていないですよ。ここしか……知らないんです」

 そう言って、陰りの道を少年はまた歩き出す。
 エルスも城の中の生活しか知らない。不自由だとすら感じていた。自分がもし、この森から出られないとしたらどうだろうか。彼と同じように答えただろうか。

 それから間も無く歩いたところで、眼前の世界に光が射し込んだ。エルスがそちらへ向かおうとするも、背後から従者に止められる。

「誰かいます。恐らくは騎士でしょう」

 葉陰に隠れて様子をうかがう。銀の甲冑と青色の装衣に身を包むのは、確かにベルダート騎士団員のグランドルという男だ。こちらには気付かない。むしろ一点を見据えて、そちらへ剣を向けている。どうやら何かと対峙しているようだ。
 その相手が彼に襲い掛かった。猫に似た小さな獣だ。騎士はそれを避けたが、警戒と威嚇で毛は逆立ち、獣の方も唯一人の男を標的として鋭い眼を向けている。グランドルは剣を当てもなく振り回すだけだ。
 ユシライヤはそれを彼の隙と見た。

「今のうち、彼の意識がこちらへ向く前に行きましょうか」
「でも、あいつ大丈夫かな。助けてあげられないかな」

 どこか怯えたようにも見える騎士にかつての自分を重ねたのか、エルスはそんな事を言った。

「自分は貴方の護衛です。今の貴方にとって不利になるものは、なるべく回避したいんです」
「だって、同じベルダートの騎士だから仲間じゃないか」

 仲間、という表現に束の間の沈黙を経て、ユシライヤは一度飲み込んだ言葉を口にする。

「相手からそう思われていなくても、ですか?」

 彼女が閉ざす心には、まるで入り込む余地が無かった。それに対する答えをエルスが紡ぎ出す事は出来なかった。

 その間も、獣は怒りを忘れる事なく、騎士に威嚇を続けていた。少年はその様子を茫然と見ていた。しかし耐えきれなくなり、その対峙する方へと駆けていく。

「キュピィ、もう止めるんだ」

 不意に姿を現した少年。近付いてくる彼に気付いた獣は、名を呼ばれて一瞬すくんだ。

 その隙を逃さなかったグランドルが、武器を握る腕に神経を集中させる。追い詰めた獣に、一閃を浴びせた。
 たとえ魔獣であろうとも赤い血は流れる。裂かれた表皮から飛散したそれが自身の顔に付着すると、グランドルは手を震わせた。動かなくなった獣を斬り付けたのは、その手に持った剣なのだ。自分が恐ろしくなった。一つの命を奪ったという事に。思わず剣を捨て置き、絶叫し、後退した。

「ねえ、キュピィ……どうしたの?」

 少年は獣に呼び掛ける。返事が返ってこなくとも、相手の身体を揺さぶって、何度も彼はその名を呼んだ。もう一度抱き上げれば、きっと応えてくれて、また自分と一緒に歩いてくれると思った。
 しかし、認めたくはなかっただけで、本当は彼も既に理解していたのだ。赤く染まった地の上に、雫が落ちた。

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