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 エルスは未だ、晦冥の余韻の中に居た。フランを撃退するも、ターニャが目覚めないのだ。ファンネルが解析を試みた。術式は彼女に纏わり付いていて、離れない。

「……エルス。お前もこの術の中に入れ」
「そんなことできるのか!?」
「多少複雑なだけで、これは転移術の一種に過ぎない。無論、お前に託すのは異例ではあるがな。長居は出来ないぞ。門の開閉の為に俺は此処に残る。それと使い物にならない小娘も置いていけ。何とかしてターニャの意識を連れ戻せ」

 突拍子も無いファンネルの言葉に、エルスは戸惑う。彼は随分簡単に言うものだが、理解は出来ていない。
 それでも迷いは無かった。どんな方法だって良い、絶対に彼女を助けたいのだと。

* * *

「ターニャ! やっと会えた!」

 駆け付けた彼の姿に、ターニャは胸が高鳴ったのに気付いた。

「エルスさん……!?」
「向こうにさ、穴が空いてるんだ。きっと出口かな。一緒に早くここから出ようよ」

 そう言うとエルスは、ターニャの手を強引に引いて歩く。彼もまた、似て非なる存在なのではないか−−そうは思いながらも、少しだけターニャの顔が綻んだ。

「……ええ、そうですね」
「でも……ちょっと困ってるんだ。よく見てみろよ」

 ターニャは小さな悲鳴を上げた。進もうとしていた道の上に、無数の遺体が積み上がっていた。

「ちゃんと見えた? お前が救えなかった人たちだよ」

 眼を反らせずにいると、屍の中に見覚えのある少女が紛れているのに気付いた。

「ねえ、ここ……どこ? ターニャ……わたしを見捨てたの?」

 最期までターニャを凝視しながら、少女は失望と共に動きを止めた。ターニャは応えられないまま、ただ首を横に振った。
 −−遡るのは、オルゼの紋章を捜しに初めてユリエ=イースに降り立って間もない頃だ。彷徨う魂を見つけた。それが、ターニャが最初に呼応術を行った、オルゼンの少女だった。帰る術を知り、少女は無邪気に喜んだ。だが、ターニャの術は失敗した。天上界には帰れず、地上界でも生きられない。以来、彼女の魂の行方が、何処にも見えなくなった−−

「……もう誰も、あなたのようにはしたくないと……思っていたのに」

 エルスがオルゼの紋章の宿主だと知った時。エニシスが差別を受けて孤独でいると知った時。ノーアがニエに選ばれた存在だと知った時。ユシライヤが混血で不安定な紋章の持ち主と知った時。その都度ターニャは、彼らに少女の存在を重ねて、二度と失いたくないと誓った−−はずだった。

「あーあ、痛いだろうなぁ。苦しいだろうなぁ」

 エルスが言うと、何処からともなく、彼に続くような声が聞こえてくる。

「御使い様……あなたなんか来なければ良かった。あなたの使命など、私には関係がない。ノーアを、ノーアだけを私に返して……!」
「ターニャ。こんなところで立ち竦むとは。不要な感情を排せと言ったはずだな? お前に託したのが間違いだった」
「今更だねファンネル。だからあたしは早々に見切りを付けたってのに。もう一度言ってやろうかターニャ。あんたはガーディアンには向いてない」

 サジャ。ファンネル。かつてのマスター、リナゼ。

「僕と一緒なら、どこまでだって行けるって思ってる? 本当に? 僕はこんなとこ歩きたくないなぁ。なあターニャ。お前のしてることって、なんなんだ? こんなにたくさんの人を犠牲にして……本当にお前は、正しいことをしてきたのか?」

 そしてエルスが問い詰めれば、ターニャはもう、前進出来なかった。歴史が積み上げてきた、屍が埋まる大地の上を、踏み歩くことなど、出来ない。

「い……いや……! いやあああ!」

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