123

 しかし、程なくして少女は何事も無かったかのように立ち上がる。
 
「どうして……あんた達は、邪魔ばかりするのよ!」

 動き出したフランに、ユシライヤは再び立ち向かっていった。言葉の代わりの喚声を発しながら、彼女は攻撃の手を止めない。恐らく、標的が完全に停止するその時まで。
 
「ユシャ!」

 堪らず呼び掛けたエルスにも、彼女は反応を示さない。

「無駄だ。今のあいつに言葉は届かない。自我を紋章の暴走が上回った結果だ」
「だからって……!」
「限界を超えれば、力の放出は一時的に止む。直に意識を取り戻すだろう。まったく……あの小娘は、俺の戒めを何だと思っているのか」

 エルスは、単純に恐ろしかった。従者のそんな姿を見たことがなかった。彼女はいつも、戦闘においては冷静だった。相手が不利と見ればそれ以上をしなかった。しかし今のユシライヤから溢れ出るのは、紛れもなく殺意だ。

「呆けているんじゃない。どうやら黒装束の奴らは、ゼノンが書き込んだ算譜に過ぎない。生きている人間とは異なる。幾ら虚像を壊し続けても、本質である記録までは消えない。だとすれば、小娘ではこの状況をどうにも出来ない」
「じゃあ、どうすれば……」
「お前だ、エルス。海路を襲った奴が居ただろう。あの時と同じだ。お前がユリエの紋章術で黒装束を滅しろ」
「僕が……」

 ユリエの力で産み出されたものは、同じくユリエの力でしか相殺できない。彼はそう言っているのだ。
 それでもエルスは戸惑った。どうやって術を放てば良いのかすら、わからないからだ。

「お前はあの小娘のようにはならない。ユリエは俺が抑制出来る。お前が何もしなければ、ターニャは戻らない」

 エルスは未だ目覚めないターニャを見た。微動だにしない彼女の表情からは、苦痛は感じられない。しかしその内に秘めた胸中では、彼女は何を視せられているのだろう。何と戦っているのだろう。

「僕が、やらなきゃいけない……」

 しかし、覚悟を決めたところで、紋章術は発動しない。

 すると、隙を見たフランが、棒立ちになっているエルスを引き寄せた。そして自分は素早く身を引く。側には、ユシライヤが迫ってきていた。今の彼女はただ、瞳に映した者を標的とする。それがエルスだとは判らず、焔を帯びた拳を打ち付けた。
 力を放出しきったか、そこでユシライヤはようやく我に返った。目前には、力なく倒れる彼の姿。

「エルス様……?」

 清白の光に包まれて、エルスはゆっくりと立ち上がった。何も言わず、ただ一点を目指して歩み出す。その先には黒装束の少女。どうせ何も出来ない、ただ愚かに近付いてくる餌−−フランにはそう見えた。
 しかし直後、エルスの背後からユリエの波動を感知すると、彼女の表情は一転した。

「う、嘘……お父さん? あたしの声、聴こえないの……?」

 その言葉がフランの最期だった。無数の黒獣が容赦なく少女の身体を貫くと、形も塵も残さず、その姿は消え去った。恐らく再起は不可能だろう。

 一息ついて、ファンネルはユシライヤを見た。彼女は膝立ちのまま、放心している。

「ユリエの発動条件として、事前に対なるオルゼの発動が必須となる。あの黒装束は、エルスの身体に直接的な損傷を与えるつもりが無いと判断した」

 つまり、解っていてファンネルは彼女を止めなかったのだ。ユシライヤには彼を責める理由など無かった。既に教わっていたからだ。紋章術の扱い方を間違えた結果、護るべきものを傷付けるということを。

「エルス様……自分は……」

 背を向けたままの彼に、ようやく声を振り絞るも、彼女は気を失ってしまった。

「……前にも言っただろ、ユシャ。僕は大丈夫なんだって」

[ 124/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -