122

「私なんか……放っておけば良いじゃないですか。あなたはそうやって、いつも私を蔑むように見る」
「そ、そんなことない……!」
「良かったですね……邪魔者の私がもうすぐ居なくなるんですから。あなたなんかに……出会わなければよかった。そうしたら……私だけが、ずっとエルス様の側に居られたのに……」

 ユシライヤは倒れた。そしてそのまま、まっさらな風景に溶け込むかのようにして、雲散した。ただの幻。だからこそ呆気なく消え去る。抱けるものも残さない。

「……違うよ、ユシライヤ。私は、そんなこと思っても、願ってもいない……」

* * *

 道中、先導していたターニャが突然気を失って倒れてしまったので、一行は脚を止めざるを得なくなった。眠っているだけのように見えるが、先程から幾度と声を掛けても、身体を揺さぶっても、目蓋は堅く閉じられたまま。
 目的地の直前でのこと。煩わしさに、ファンネルの顔が強張る。彼の方法でもターニャは目覚めない。彼女の容態は、単なる疲労ではないことが明らかだった。

「今のターニャの意識は、此処には無い。……こんな小細工に嵌められるとはな」

 彼らの進退窮まる有り様に、何処からともなく、嘲るような笑い声が聞こえてきた。

「ムダだよ、ムダ。その子は今、深ーい悩みの霧の中をさまよってるんだから。その子自身が答えを出さない限り、紫闇の眠りからは覚めない」

 影も気配も無く、突如として現れたのは、黒装束を纏った少女。姿を消していたとでもいうのか。

「……お前が、ターニャを苦しめてるんだな」
「心外だなー。あたしは視せてあげてるだけ。その子が、自分で自分の首を締めてるんじゃない」

 エルスに向けられた憤りなど苦にもせず、少女は高らかに笑う。

「モニカお姉ちゃん? あたし。フランだよ。標的は、ちゃーんと縛っておいたからね。あとは任せて」
「下衆が……」

 呟いたユシライヤが、剣を握る腕に意識を集中させた。紋章術だ。未だ完璧な制御は出来ないので、レデの力を自身ではなく武器に落とし込めることで、操りやすくしている。
 彼女が一振りすると、太刀筋から生まれた衝撃は可視化出来る焔の波となって、フランに襲い掛かった。しかし幾度と放った剣撃は、その殆どを避けられてしまった。少女が被ったのは、頬を掠める程度の軽い火傷だ。

「まったく……レデ族は野蛮で困っちゃう。勝ち目がないってことも、わかんないんだもんねー」

 言いながら、フランがユシライヤに向けた手の平からは、反撃の術を放たれたようにも、防護の術を張られたようにも見えなかった。
 だがその直後、ユシライヤは『何か』が脳裏を駆けたのに気付いた。そして、頭を抱えて蹲る。戦慄を抑え込みながら、震えた声を漏らした。

 まさか、ターニャと同じ術に掛けられてしまったのか。エルスは助けに行こうとするも、ファンネルに腕を引かれて脚が止まった。

「待て。様子をうかがえ」

 彼女を包み込む、異様な放熱。周囲の空気が、ちりちりと音を立てて火花を散らす。その中心で、ユシライヤはゆっくりと立ち上がった。
 
「幻術が効かない……? そんなはずは……」

 見開かれたその瞳は、フランの想定していた絶望の色に染まってはいなかった。

「殺してやる……殺してやる殺してやる!!」

 呪詛のように繰り返し叫ぶユシライヤは、誰の目から見ても、既に正気を失っていた。
 彼女は剣も握らず駆けていくと、自らの拳をフランの鳩尾に喰らわせた。打撃の衝撃で抵抗を失った少女の呼吸は一瞬止まり、身体は地べたに打ち付けられる。起き上がるよりも先に、足蹴を浴びせられて、無様に砂上を転がった。

[ 123/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -