12

 青年グランドルは、この森に配備されたベルダート騎士団員の一人だ。騎士を代々受け継いできた家系で、本人は剣を握るのも、民の安全を守るための警備も、進んでやりたかった訳ではなかった。
 最近、彼の周りでは、ここを迷いの森と呼ぶようになった。入り組んだ道でもないのに、森に入ったきり何故か出てこられず、未だ見付からない人間が何人かいると言う。ここを無事に通過した者によると、天上人を見ただとかいう噂もある。
 グランドルは訓練をさぼった為に剣を上手く扱えないので、その噂は嘘であってほしい、と願うばかりだった。

 そんな考えが過る中、彼は木々に射し込む光を見出だした。トアの村のほうへ抜ける出口だ。
 何事も無かった、と胸をほっと撫で下ろし、そちらへ向かう。
 しかしそれも束の間、彼が油断したその瞬間、隠れていたであろう何かが、背後から姿を現したのだった。

* * *

 とある一本の大木を見て、ユシライヤは立ち止まった。後方の二人も脚を止める。

「さっきから同じところを回っていますね」

 似たような景色に出ると、なるべく別の方向を選んで歩いてきたはずだ。だが、目印として付けた傷のあるその大木を、彼女は既に何度も目にしている。まるで何かに操られるように、その場所に誘導されているような感覚だ。
 それを聞くと、流石にエルスの表情にも疲労が現れ始めた。「もう歩けないよ」と、その場に座り込んでしまう。
 先の長い道程。無駄に体力を浪費する訳にいかず、ユシライヤも彼の手を無理矢理引いたりはしなかった。

 三人が途方に暮れていると、どこからか落葉の踏まれる音が聞こえてくる。それは人の足取り。
 森を見回る騎士かもしれない。これだけ近付けば、最早逃げる事も叶わず、姿を見られずにやり過ごすのは不可能だろう。やむを得ずユシライヤは構えた。 怖じ気付かせ、口封じをさせようと考えたのだ。

 しかし、剣が鞘から抜かれる事は無かった。
 彼らの目前に現れたのは、一人の少年。年の頃は十代前半と思われる。たった一人でこんな場所を歩くには相応しくない軽装で、何も手にしていない。額には包帯が巻かれている。

 少年に最初に近付いたのはターニャだった。

「きみ、大丈夫? どこか他に痛む箇所は……」

 治療を施そうとターニャが額に触れると、少年はあからさまに拒絶した。彼の手に押されて、ターニャは姿勢を崩して地面に打ち付けられたのだ。
 しかし、間もなくして少年は我に返ったように、自らターニャに手を差し伸べる。

「ごめん、なさい……そんなつもりは」
「私は大丈夫。驚かせちゃったね」
「いえ、こちらこそ。これは……怪我とかじゃなくて」

 その様子を見たユシライヤは、武器に添えていた手を離す。

「誰かとはぐれたのか、それとも迷い込んだのか。可哀想だとは思うが、あいにく私達もお前を助けられるような状況じゃないんだ」

 冷たい事を言ったかもしれないが、少年は哀しむ顔は見せなかった。

「いえ。僕は、ずっとこの森に居るんです」

 少年の意外な返答に、エルスが割り入ってくる。

「ずっとって、住んでるって事か?」
「そう、なりますね。迷い人さんが、ここのところ多いから……僕は道案内をしているんです」
「じゃあ、ちょうどよかったじゃん! 僕たち迷ってるんだ。案内たのむよ」

 すっかりエルスはその気になって、疲れが吹き飛んでしまったように嬉々として少年に近付いた。快く頷いた少年が歩を進めると、そのまま彼に付いていく。
 後方では、不安そうにターニャが疑問を投げ掛ける。

「あの、ユシライヤ……さん。私達、付いていって良いのでしょうか」

 それにユシライヤは応えなかったが、少年の背中へ向ける彼女の鋭い視線に、ターニャはそれ以上何も言えなかった。

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