121

 あの時−−リクリスでユシライヤとエニシスと離れてから、眠れない夜を過ごしていた時。呼応石が不審な反応を示したので、ターニャは迷わず駆けていた。しかし彼の元に辿り着いた時には既に、手の施しようのない状態となっていた。
 それは果たして避けられない運命だったのだろうか。本当に、出来ることは無かったのだろうか。自分が、もう少し早く異変に気付けていれば。そもそも二人と離れたのがいけなかった。拒まれようと、対立しようと、彼らの側に居れば、あるいは−−。一体どこまで遡れば償えるのか。記憶を巻き戻しながら、ターニャは蹲る。

「あなたが……最初に言ったんじゃないですか。僕を連れて行ってくれるって。僕の居場所を見つける手助けをしてくれるんだって。無責任なあなたは……僕には何もしてくれなかった」

 彼の力になりたい思いは嘘ではなかった。放っておけなかった。ガーディアンとして未熟だった頃、救えなかった命を目にしてきた彼女にとっては。だから、それが自身の容量を超えていると予測出来たとしても、手を差し伸べた。それは間違いだったのだろうか。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、エニシス……私、私は……」
「幾ら謝られても、もう僕には何の言葉も届かないですよ。だって死んじゃったんですから」

 顔を上げれば、突き刺すような視線がエニシスから向けられていた。

「短くて寂しい人生でした。可哀想でしょう? そんな僕に、あなたはどう責任をとるんですか? こんなことなら、最初からあなた達についていかなきゃ良かったんだ……!」

 少年の顔に浮かぶ悲痛から零れ落ちるものを、ターニャは竦んだまま、受け止めるしか出来ない。

 ふと、彼の頭上に一筋の光が閃いた。鋭い切っ先は、エニシスの身体を貫きながら真下に振り下ろされる。音も色も一切無く歪んだ少年の姿は、一瞬にして、霧のように消え去った。
 何が起きたのか、理解するのに時間がかかった。エニシスの背後に立っていた彼女の持つ剣が、彼を斬り裂いたのだった。

「ユシライヤ……!?」
「ターニャさん。さっきのは見せ掛けだけ真似た幻覚です。あんな胸くそ悪いものに、惑わされないでください」
「……幻覚……」
「あなたの悪いところですね。目の前のものをすぐに信用するんですから。何事もまずは疑わないと」

 幻。たとえそうだとしても、そのすべてが真実とは異なるものだろうか。もしもエニシスが、別離の後に言葉を残せたならば、きっと−−。
 そこでターニャは懸念を振り払った。進まなければならないからだ。ユシライヤと再会出来たなら、エルスとファンネルも近くに居るのかもしれない。完全には切り替わらない心の内を露わにはせず、ターニャは立ち上がる。
 
「……ターニャさん。さっき忠告したばかりなのに。私は、本当の私ですか? 偽物だと思ったとはいえ、仲間の人間を躊躇いなく斬れると思いますか? 私を本当に信じられますか?」
「……何を言っているの?」
「あなたにとっての私は、何ですか? はっきり言って……邪魔なんでしょう? 私にとって、あなたがそうであるように」

 ターニャは後退した。彼女の得物は自分を標的にしている。

「エルス様を守るのは私なんです。あなたは言うだけ言って、何も出来ない。突然しゃしゃり出てきて、私からエルス様を奪おうとする」

 彼女は先程のエニシスと同じ、『幻覚』なのだろうと悟った。しかしターニャは、彼女の言葉を聞き流せない。

「私は……絶対に譲らない。エルス様は私のものなんだ……!」

 ユシライヤはターニャに掴みかかる。だが程なくして、その腕は彼女自身の胸を押さえ、ターニャをあえなく解放させた。発作が襲ったのだ。

「ユシライヤ! 待ってて、今治癒術を……」

 そう言ったターニャ自身も想像はしていたが、翳した手は容易く振り払われてしまった。肩で息をするユシライヤの眼の色は、憎悪にも似ている。

[ 122/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -