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 日の出と共に歩み出す。先行するのはターニャだ。空と大地を切り分けるかのように、くっきりとした地平線が遠目に描かれているのが分かる。陽が昇れば、茫洋な砂地は次第に金朱に輝き、彼らの歩む道筋をもその色に染め上げた。
 昨晩、エルスは自分の知らない間に床に就いていた。ターニャが言うには、結局二人が幕屋に戻ってきたのは、出発の直前だったらしい。術を習っていたのだろう、ユシライヤからは疲労の色が見てとれる。休息の出来ていない彼女をそのまま連れて行くのは、エルスには気が引けた。しかし彼女自身は早く進みたいようだった。話し合おうにも、エルスとはまともに視線を合わせてはくれない。
 ファンネルによると、目的のイースダインはすぐ先にあるらしい。それだけが今のエルスにとっての救いだ。

 刹那、胸に提げた呼応石が反応を示したので、ターニャは脚を止めた。ふと過ぎる違和感。石は深紫の色に染まっていた。皆に警戒を促そうと、ターニャは振り返る。しかしそこには、彼女以外の者の姿は無かった。

「え……!?」

 つい先程まで共に居たというのに、エルスは、ユシライヤは、ファンネルは何処へ行ったのか。辺りを見渡すも、人の影一つ見当たらない。そもそもこの広大な金砂の上には、隠れられる場所など無い。初めから彼女以外に誰一人として存在していなかったかのように、そこには仲間の足跡さえ残されていなかった。

「これは、もしかして……」

 石は微かに鈍い輝きを放ち続けている。ターニャはようやく悟った。既に自分が、何らかの術式の中に捕らわれていたということを。

 状況が把握出来ると同時、ターニャの視界に変化が起きた。それまでの景色が霞み、歪曲したかと思えば、天地左右、見渡す限りの無彩色の世界に、彼女は立っていた。歩を踏み出すも、前進したという感覚は無い。何しろそこには、何も無いのだから。
 ターニャは先ず、創始者との通信を試みた。しかし反応は無い。他との接触が遮断されている。まるで別の空間に居るかのようだ。だとしたら、自らが捕らわれたのは転移術の一種なのかもしれないと彼女は察した。術者に関しても想像に難くない。黒装束の連中だ。かつてヘレナは、『ここに来たことを姉に伝えた』と言っていた。彼女らはどこまでも追ってくるつもりなのだろう。
 しかし引っ掛かるのは、彼女の時と同様、イースダインに辿り着く直前で黒装束に行く手を阻まれるということだ。ガーディアンでなければイースダインの存在、ましてや詳細な位置など認識出来るはずがないのに、まるで待ち伏せていたかのようにそこに存在する。
 ターニャに嫌な予感が過ぎった。自分たちには、置き去りにしていた問題があった−−

 ふとターニャは、遠目から何かが近付いてくるのに気付いた。黒装束だろうか。たった一人、たとえ勝算が薄くとも、立ち向かわなければならない。手元に杖を生成し、抗戦に臨む。
 しかしその姿が段々と鮮明に見えてきて、彼女は腕を下ろした。自身の見知った人物だと判ったからだ。だが、彼を見つめる瞳に含んだ、疑いの色は隠せない。何故なら、ターニャの目前に現れたのは、

「……エニシス!? どうして……」
「ターニャさん。また会えるなんて思いませんでした」

 ターニャも同じ気持ちだった。あの時のことが虚偽であったかのように、エニシスは立っている。彼がここに居るはずはない。いや、そもそもここが何処だかも解らないのだから、ターニャの認識が誤っている可能性もあるのだが。
 動揺して固まってしまったターニャに、エニシスは言った。

「そんなに驚かないでくださいよ。あなたがあの時……間に合わなかったせいで、こんな場所をさまよう羽目になっただけです」

 真実に背は向けられない。だからターニャは、思わず後退る。

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