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 エニシスの先導で、二人は居住区から少し離れた丘へ足を運んだ。ラードラが好きでよく訪れた場所なのだと、ルディアが言っていた。「あそこへ行けば、何かを思い出すかもしれないよ」とも。
 エニシスは足元に落ちていた石を拾った。朝霞の色をした、半透明の美しい石だ。地上の砂が風で舞えば、その下にも幾つか同じ物が埋まっているのが微かに見える。『ロナの石』だ。ラードラとルディアの母ロナが、幼い頃に初めてこの場所で見つけた物で、彼女の名が付いた。どのように産出されたのか、起源は未だ不明のままだ。
 この石が発見されて以来、リクリスは『天に近い村』と呼ばれることになった。ここで言う『天』は天上界を指す。この稀少な結晶は天上界から降り注いだ物だと信じられてきたのだ。

「この村にとって、天上界とは神聖な存在に近いようです。僕たちが長く居たベルダートとは真逆ですね」

 二人はそれぞれ、『天上人の証が在る者』への差別を受けてきた。それは、彼らが偶然身を置いた場所が、ベルダートだったからだ。仮にこのリクリスでのみ一生を終えたならば、現在とは違った生き方をしていただろう。
 天上と地上を隔てるものは、単なる境界ではないという事だ。

「何故、あなたはベルダートの騎士に入団したんですか? 国には心無い扱いをされたのに」

 エニシスはそんなことを聞いた。ユシライヤにしてみれば問われるまでもなかった。尤も彼女は、国と言うよりもエルス個人に仕えていたつもりだったが。
 無論、彼の護衛に任命されるまでに諍いが無い訳ではなかった。王妃シャルアーネはユシライヤを牢から出すことすら許さなかった。彼女は当時エルスの護衛に、年齢の近いティリーを選出していたが、エルスがそれを覆した。彼はユシライヤを指名して、「母上が僕の言うこと聞いてくれないなら城を出ていく」とまで言って、周囲を困らせていた。それがユシライヤを地下から救い出した鍵となった。

「エルス様さえ居れば、そこが何処だって関係なかった。私には彼だけだと思っていたから。でも、もう……」

 その先は、嗚咽に変わって言葉にはならなかったが、涙と同時に溢れ出したのは、抑え込んでいた彼女の本心。
 エニシスは悟った。やはり自分は、彼には敵わない。

「僕は……あの日、あなたたちと森を出て良かったと思います。エルスさんに言われなければ……僕は外の世界を知ろうともしなかった」

 出会ったばかりのエルスは、キュピィが死んで、生きる意義を失いつつあったエニシスを、自分と同じなのかもしれないと言った。

「同じ訳がない。羨ましい……そう思っていました。彼は前向きで明るくて、そして恵まれているんだって。僕とは生きてきた世界が違うんだなって。でも……そうじゃなかった。彼は、僕と同じ世界を、違う目で見ているだけだったんです」

 未知を絶望と感じたエニシスと、希望と感じたエルス。エニシスは想像する。もしエルスの視界が闇で遮られても、彼は視ることを止めないだろう。

「まずは、エルスさんたちを探しましょう。僕は、この場所を去るのに思い残すことはもうありません。あなたにも、未練を残してほしくないんです」

 前進するエニシス。彼の後方で、踏み込むのを惑うユシライヤ。視界を覆う涙が、歩むべき道を揺らしている。彼の背中が遠い。今更、疑問を投げかけても、きっと届かない。
 せめて、雫は砂の上に落として行ってしまおうと、しばらくの間目を伏せた。だから彼女は、彼に迫る危険に気付くのが遅れてしまった。

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