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 中央に位置するのは、この町の象徴として造られた彫像。炎を吐き出す翼龍と、槍を構える男性が対峙している。題目は『永劫の英雄オレルク』。彼の持つ槍は龍の片目を貫いている。芸術家がその状況を実際目にした訳ではないだろうから、想像の産物だ。しかし緻密に表現された交戦の迫力には圧倒される。
 だが何故ファンネルがここで立ち止まったのか、エルスにはわからなかった。彼ならば、こういうものに関心を示さずに先を急ぐだろうと思ったのだ。
 しばらくの間ファンネルは彫像を見つめていたが、「もう充分だ」と、またしても一人で駆け出してしまった。その表情からは、満足そうな様子はうかがえなかった。

 イースダインに最も近い村リクリスは、砂地に存在する数少ない集落だ。このマーディンから更に南西に進まなければならない。道中には立ち寄れるような場所は無いので、充分な備えが必要になる。
 いざリクリスへ向かおうと歩みを進める中、その場に立ち竦んだままの者が一人。

「自分は、足手まといになるだけですから」

 彼女はここに残るつもりだと言うのか。さも面倒そうに踵を返したファンネルを制止して、エルスが彼女に歩み寄る。

「……ユシャ。お前を今さら置いてったりしないよ」
「貴方を護れないなら、もう共には行けません。自分は今まで、その為だけに生きてきたんですよ」

 揺るがない従者の様子に、エルスは言葉を失った。
 自分が護衛の為の武器になれないのなら、旅に同行する理由はおろか、自らが生きる理由すら無いと彼女は言い放った。折れた剣ならば、持ち主は容易に捨てるはずだから。
 長く共に過ごした二人。しかし彼らは決して同じではなかった。
 エルスは母を失った。兄に見捨てられた。民からは死んだものだと思われていた。それでもユシライヤだけは、何があっても側を離れないのだと思い込んでいた。だからこそ今まで何かを命じることなどなかったのだが。

「それでも……付いて来てほしい。僕の命令だったら、聞けるだろ」

 それで心から納得したかは、わからないが。エルスのその言葉に従うが為に、彼女は再び歩み出した。

* * *

 礫の敷かれた砂の上、駄獣に跨り通るのは、古くから隊商が渡り歩いて歪んだ自然の道だ。植生の少なく乾燥した大地には、道標となるようなものは無い。しかし長くその環境に身を置いた者ならば、この広い土壌に僅かな違いを見抜くことが出来る。
 一行の先頭を率いるのは、ヴァストークと名乗った蒼い眼の男性。港町にて出会い、エルスらが旅人だと気付くと、目的地まで同行しようと申し出てくれた。エルスらには彼の助言で、日差しと砂塵から全身を守る為の緩やかな衣装も用意された。この辺りの人間は皆そうしている。ヴァストーク自身も目元と手脚以外は布で覆われているので、彼の顔はわからない。背丈はエルスよりも少し低いくらいだ。表情をも読み取れない相手を信用するのは容易ではないのだが、彼に関しては危ぶむ必要はない−−根拠は無いが、エルスはそう感じていた。

「では、この辺りを今宵の拠点としようか」

 ヴァストークが言って、幕屋を広げる。
 季節は未だ春に及ばない。夜間ともなれば、日中の気だるい暑さは何処かへ、むしろ肌寒いくらいだった。四方を囲む暗闇は、行く手を閉ざすかのように訪れた。しかし実際には、澄み切った空気は何事も阻まない。それを示すかのように、空に描かれた数多の星々は、他のどこよりも美しく鮮明だった。

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