106

 空から舞い落ちる白く冷たい結晶は、弔いの花だろうか。道も、家屋も、木々も、人も−−すべてを埋め尽くしてしまう。
 リナゼはどうも雪というものが好きにはなれない。界の狭間に生を受けるより以前、自身が何処でどんな暮らしをしていたかなど記憶に無いが、恐らく故郷には雪は降らなかっただろう。

 先ほどモニカからの報告があったばかりだ。ヘレナが倒れた。それもユリエの宿主と接触した後ということだ。

「想像通り、あいつはイースダインに現れたか。でも、ちょっとおかしいね。こちらが干渉する前に、奴はそこに辿り着いていた。そもそもの目的がイースダインにあったかのように……」

 イースダインの破壊という、ゼノンを呼び寄せる為の策は失敗に終わった。シェリルの近くに位置する蒼の門は、他者の介入が不可能な状態にあった。既にそこに訪れた者が、ゲートとの契約を交わし、独占的な管理下に置いたという事だ。
 もしそれがゼノンであるなら。彼がリナゼを蔑ろにして、計画を実行し始めたという事なのか。協力関係になる事を条件に、ガーディアンとしての知識を彼に与えたのを後悔する。

「許さないよ、ゼノン。あんたの思い通りにはさせない……」

 今更ガーディアンを名乗るのは癪に障るが、その立場でなければ為せない事もある。ゼノンの行動に関して、いまいち納得しきれない点があるのも然り。
 だからこそ急がなければ。しかしリナゼはあるものを視界に入れ、不意に脚を止めた。

 彼女の眼に映ったのは、閉鎖され、立ち入りを禁じられたという聖堂に、ある集団が歩み入る様子。それぞれ武器を携え、青と銀を基調とした同じ鎧を皆が身に着けている。
 その外見には見覚えがあった。ここから西へ進んだところにある、小さな国。ゼノンを探し当てる為に気まぐれで訪れた、あの場所に居た連中と酷似している。耳を澄ませば、彼らが囁き合うのが聞こえてきた。

「本当に……大丈夫なのか? 紋章は異端の証なんじゃ……」
「あの方が仰るなら……従うしかない。力を、得られると言うなら……」

 リナゼはようやく気付いた。無垢な白雪とは不調和な黒色の聖堂は、厳かと言うよりは異様だ。

「……ちょっとだけ、寄り道してみようかね」

 その選択が、結果的には最短の道筋となるかもしれない。彼女は、僅かな可能性さえ捨てる気はないのだ。

* * *

「フラン。パウラに続き、ヘレナとの交信が途絶えました」
「モニカお姉ちゃん! あたしにも感じたよ。きっと返り討ちに遭っちゃったんだねー。ヘレナお姉ちゃんには無理だったけど、あたしは大丈夫だもんね!」
「……今から、私もそちらへ向かいます」
「えー!? あたし一人で充分だよ! モニカお姉ちゃんはあたしを信じてないの?」
「私がここに留まる意味がなくなりました。リナゼの推測では、宿主は『ある事』を成そうとしている可能性が高い。その道順を辿れば、彼はイスカのイースダインに現れることがほぼ確実。彼の目的が果たされるよりも先に、その場で食い止めます」
「ある事って?」
「……そこまでは言いませんでしたが」
「ねー、それってちゃんと信じられるの? あたしよりもそのガーディアンの言うことが大切なの?」
「フラン。私は二人の妹を無くし、傷心しているんです。あなたまで失いたくない。だから彼女に従っているだけです」
「……わかったよ。あたしもはやくお父さんに会いたいしね」
「ええ。一刻も早く、彼らから父さまを取り戻しましょう」



_Act 10 end_

[ 107/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -