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 眠れない。形だけ寝台に横たわっていたターニャだが、ついに上体を起こした。ガーディアンにはそもそも睡眠の必要は無いのだ。生きている人間とは異なる。それでも見せ掛けだけは、彼らと同じ方法で休息をとろうとする。
 風にでも当たった方が良いだろうか。立ち上がり、ターニャが部屋を出ようとすると、彼女の肩を引き止める手があった。
 振り向けば、ファンネルがターニャよりも少し高い目線から、心までも見透かすように見下ろしていた。部屋の隅で、獣の姿で丸くなって休んでいたはずだったのに。

「ターニャ。お前の紋章を見せろ」

 拒む事は出来ない。寝衣の留め具を一つずつ外していき、紋章を露わにすれば、それは薄く不鮮明になってしまっていた。

「救い出す立場の者が、そのような状態でどうする」

 ファンネルがターニャの胸元に手を翳せば、次第に紋章は元の色を取り戻し、彼女に活動の為の力が蘇る。極度の疲労が、瞬時に取り払われる。その、造作ない事。しかしそれはターニャの身体が元々ファンネルから与えられたものであるから可能なのだ。

「……有難うございます」

 ターニャは着衣を整えながらファンネルに礼を述べるが、意識が別のところにあった為、簡素なものになってしまった。同じことがユシライヤに出来れば良いのに、と思ったのだ。無論、条件は揃わないが。
 彼女が何を考えているかは、ファンネルにも容易に想像出来る。

「お前の正義感は認めるが、無責任な事を言うのは止めろ。最優先は、エルスへの呼応術だ。それが終われば俺たちは、あいつらから離れなければならない」
「……はい。承知しています」
「虚言に与えられた願望は、後により大きな絶望を生むだけだ」

* * *

 人選には気を遣う。ロアールは苦手な内容の仕事を終え、与えられた部屋でようやく緊張を解いた。
 昨晩は悪い夢を見たので、充分な休息を得られなかった。何者かに追われる夢。逃れようとも、後方から強い何かに引き寄せられ、駆け出す事が出来ない。両脚を掴んだ者の顔を見て、目が覚めたのだった。

 ロアールはこのような形で過去を思い返すことが多くなった。変革が必要だと言ったシェルグの真意を想像した、あの時からだ。
 今は無きカーナという小さな村で暮らしていた時のこと。ある日くだらない事で母親と言い争いになり、家に帰り辛くなった。それから友人の家庭で世話になり始めたが、程なくして村が何者かによって火の海と化す。その時、妹が赤髪の天上人に捕らえられているのを見た。気の失った幼い妹を彼から取り返し、王都まで連れて来る道中、魔獣に遭い、妹を庇って片目を傷付けた−−

「だ、団長。その……」

 ティリーの呼び掛けで我に帰る。呆けてしまっていたのか、ロアールは部下が側に来た事に気付かずにいたのだ。
 シェルグからの言伝を彼から受け取るも、ロアールはらしくない生返事で応じてしまった為、ティリーは懸念を向けながら、その場から動かなかった。
 
「団長、右眼……もう何とも無かったんすね」

 不意に眼帯を外していたのを、彼に見られてしまった。隠し続けてきた眼は、はるか過去にフィオナーサの施術で完治していた。

「……負傷の原因と、その時の感情を、忘れぬようにとな」

 自分とは別の人間を慕い付き従った妹とは、道を違えた。彼女に「今更だ」と振り払われてしまいそうな願いは、もう口にする気など無いが。

(今、お前が何処に居ようと。無事でいてくれれば、良い)

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