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「じゃあ、僕のせいでユシャが今、苦しんでるってことなのか?」
「ユリエは標的を単体に絞る訳ではない。だが、その中に脆弱な対象があれば、ユリエからの干渉は大きいだろう。そして狙い易い存在が間近にあれば、ユリエの力もまた暴走しやすいと言える」

 ファンネルが言うには、一側性のものではなく、互いに悪影響を及している。それが尚のこと二人を隔てた。

「やっぱり自分は、これ以上は付いていかない方が良いですね」

 ユシライヤが言った。

「護衛騎士だなんて、都合のいい名目でした。貴方の為には、自分は離れるべきなんですよ」
「だから、護ってもらいたいなんて、僕は言ってない!」

 エルスが声を荒立てるのは、彼の胸の内が今、現状への否定で満たされてしまっているから。

「エルスさん。貴方から紋章が取り除かれれば、その影響も無くなります。それまでの間、私が治癒術でユシライヤさんの体力を維持させるよう努めます。ですから……」

 そう、彼らの旅も終わりに近い。次の目的地イスカは、ターニャが向かうべき最後のイースダインとなる。無事に彼女が契約を終えれば、エルスを紋章の束縛から救う為の突破口が開かれる。

「でも、私から紋章が消える訳じゃない」
「そ、それは……」
「私はもう……良いんですよ。本当ならあの地下牢で、死ぬはずだったんですから」

 宥めに入ったターニャも、ユシライヤにそう言われれば、言葉を詰まらせた。
 紋章を在るべきところへ正しく還す為の呼応術。それを以ってしても、すべてが元に戻る訳ではない。知らなかった頃には、帰れない。

「何か……あるはずです。貴女を救う方法が」

 それでもターニャは引き下がらなかった。ユシライヤから向けられる眼差しに期待など含まれていなくとも。

「私は誓ったのです。貴女たちを、本来あるべき日常に戻すと。ユシライヤ。私にはもう、貴女たちの事を見て見ぬ振りなど出来ない」

 疲弊して力を入れることすらままならない弱々しい手が、ユシライヤの手を握り締めた。

* * *

 その日の晩、エニシスはユシライヤの傍らに寄り添うことにした。少年は彼女を一人にするのが怖かった。今は静かに寝息を立てている彼女が、もしそのまま目覚めなかったら−−そんな悪い予感ばかり過っていくから。
 どうして自分ではなく彼女が苦しんでいるのだろう。エニシスは思った。自分だって彼女と『同じ』はずなのにと。

「せめて僕が、もっと早くエルスさんたちに伝えていたら……」
 
 今更自分の愚かさを悔いるも、過去は変えられない。エニシスがユシライヤの紋章について仲間に明かさずにいたのは、彼女自身がエルスに話したがらなかったから−−それだけではない。
 独占したかったのだ。自分だけが彼女の弱みを知っている。彼女の痛みをわかってあげられるのは自分だけなのだと。だが、現に彼は何も出来なかった。ただの思い込みだった。
 そもそもエニシスは、彼女が苦しむ様子を見たかったのではない。出会って間もないあの時−−彼女が悲しい過去を語る時に見せた不意の綻びに惹かれて、側に居たいと思った。もう一度その表情が見たくて、今度は彼女を喜ばせたくて、自分に何かが出来ないかと願った。その為なら、自分の過去は捨てられる。

「ユシライヤさん。もし……そんな方法があるなら……あなたを生かす為に、僕の小さな命なんて犠牲にしても良い。だって僕はあの時からずっと、あなただけを……」

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