103
「この小娘に宿るレデの紋章は、元々生まれ持っていたものという事だ」
「それって……ユシャが、天上人ってことなのか?」
二人が肯定したことで、エルスも受け入れざるを得なくなった。これまでも薄々は感じ取っていた。見ないふりをしてきただけで。それが真実ならば、母が理想だと掲げたベルダートは、惨い仕打ちを彼女に与えた事になるから。
「……僕が、ユシャに初めて会ったの、城の地下牢だったんだ」
もしあの日エルスが出会わなかったら、異端者はいずれ殺されていた。仮にそうだった時の未来を、エルスは想像できない。だからなるべく思い返さないようにしてきた。遮ったところで、事実が変わる訳でもないのに。
沈黙に委ねられた空気の中、ユシライヤがゆっくりと目蓋を開いた。
「ユシャ……!」
エルスが駆け寄るも、彼女は未だ身体を起こすことは出来ないようで、横になったまま辺りを見回す。
「自分を……待ってたんですか? まったく……頼りない護衛なんて、置き去りにしてくれて良かったのに」
「バカなこと言うな! そんなことするわけないじゃん……」
皮肉を交えた口振りは普段通りだが、それは彼女自身に向けられたものだ。エルスの耐え難い思いは、口から滑り落ちるかのようだった。
「あの……ユシライヤさん。治癒術をかける際、貴女の背中を見させて頂いたのですが」
二人を前に踏み切れずにいたターニャが、ようやく切り出した。
すべてを問われずとも解る。ユシライヤにはもう、しまい込んでおく理由が無い。
「……バレちゃったんですね。私は……どちらでもないんです。母が天上人で、父は地上人らしいです。父には私も会ったことがないので、よく知りませんが」
地上人と天上人の混血。それが、ユシライヤの紋章が不安定である原因。彼女自身も、昔から受け入れていた事実。
「でも……どうして。今までは大丈夫だったのに。辛かったの、隠してたってことなのか?」
「隠せる程度なら良かったんですけど。以前よりも発作の間隔が短くなってるんです。これじゃあ、貴方の護衛なんて無理でしょうね。まあそれ以前に……」
その先に続く言葉は、彼女は飲み込む事にした。エルスがそれ以上は聞きたくなさそうに目を背けたから。
「そうだな。現段階ではお前を同行させる利点は見当たらない」
言い放ったのはファンネルだ。
現実的な遂行の為には、捨て去ることも不可欠。それを理解しようとしても、エルスは非情にはなれない。だから、細やかな望みを打ち砕こうとするファンネルに反感が生まれる。
しかし感情を露わにするエルスに対して、ファンネルは冷静を欠かない。
「思い違うなよエルス。俺はこいつが足枷になると言いたいんじゃない。それ以前の問題だ。お前の側にこのような不安定な存在を置くべきではないんだ」
「……え?」
「説明を必要とする機会のない事を願っていたんだがな……お前に宿る紋章、オルゼとユリエの因果にまつわる話だ」
未だ不信感を向けるエルスに、自分では不適任と感じたか、ファンネルはその先の説明をターニャに託した。
「……エルスさん。貴方が受けた創傷を、瞬間的に快復させるオルゼの力。それは宿主の生命を永続的に維持させますが、それは対となるユリエが、他から生命力を奪っているがゆえの恩恵なのです。つまりユリエの紋章が、ユシライヤさんのレデの紋章に影響を与えている可能性があります」
そうして容易に明かされた事実は、一時的にエルスの思考を留まらせた。
[ 104/143 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[Bookmark]
←TOP