99

「おにい……ちゃん」

 うわ言と同時に意識を取り戻すも、そこは闇に覆われていた。膝下に冷たい床の感覚があるので、どうやら建物の中ではあるらしい。周囲を確認しようと立ち上がろうとした時、違和感に気付いた。何かに引っ張られている。見れば、足首は鉄の輪に咬まれていて、鎖で繋がれた先には硬く重い球体があった。これのせいで自由に動けないようだ。手を伸ばせば扉に触れた。だがその格子状の鉄の扉は施錠されていて開かない。
 ようやくユーシェリアは自身の置かれた状況を察した。彼女を闇に隠したのは夜陰などではなく、誰かが意図した閉鎖によるものなのだと。

 突如、鉄を揺らす衝撃と呻き声が響き渡る。あらゆる方向から、異なる種類の−−人間ではない何かの声が聞こえる。恐らく、自分と同じように捕らえられた『何か』。

「い、いや……」

 どうして自分は此処に居るのか。
 そもそも此処は何処なのか。
 住んでいた村は、リーベリュスは、ロアールは、どうなったのか。
 あの時の男は何だったのか。自分は彼に何をしたのか。
 何もわからない。何かを忘れているのか、何も知らされていないのか。
 何を願えば、何を信じれば良いのか。
 自分は此処から出られないまま、生を終えるのだろうか。
 答えの出ない疑問が、やがて否定となって返ってくる。

「いやあああ!!」

 少女の慟哭すら、囚われのもの達の鳴動に掻き消された。

* * *

 永遠に続く暗闇と、黴と錆の匂いが漂うその場所に、時折、鎧を纏った人間が通った。捕らえたものに息の根があるかを確認しに来るか、新たに収容するものを連れてくるかのどちらかだ。尤も、兜で顔を隠した相手からは、ユーシェリアは微かな人間味も感じられなかったが。
 彼ら−−体格や声質が異なるので、どうやら複数人だ−−が言うには、此処に収容されているものは『異端』ということらしい。そういえばかつて住んでいた村の長も、同じ言葉をユーシェリアと母に投げ掛けていた。異端者の居るべき場所など存在しないのだと。
 それならば、いっそのこと殺してくれれば良いと思った。
 一切の食事を摂っていないせいで腕は枯れ木のように痩せ細ってしまった。リーベリュスのこともロアールのことも、最初こそ気に掛けていたが、今となっては自分を産み育てたことを恨むような感情すらあった。望みを失ったので、自身の生への執着を失った。なのに、未だ鼓動が止まないのは何故だろう。このまま苦痛が続くよりは、一瞬で終わらせてくれた方が楽になれるのに−−と。

 微かに、人の足音が聞こえる。また『異端』がここへ囚われる為に連れて来られたのだろうか。
 何度目の事からか、ユーシェリアはもう哀れだとも思わなくなっていた。収容されるのは理性の無い獣ばかりだった。もう入れる場所が無いからとユーシェリアと同じ檻の中に入れられてくることもままあった。そいつらは、目の前の少女を餌だと思い込み襲い掛かってきた。恐怖と痛みに耐えながら、ユーシェリアは考えていた。

(きっと私を殺す為に……同じ場所にこんな凶暴な奴を入れるんだ)

 しかし何故か、いつも先に獣の方が息絶えている。そういう事が何度か続いていた。

 今度収容されてくる奴こそは、自分を終わらせてくれるだろうか。ある意味で縋るような視線を向ければ、近付いて来た足音の正体に、ユーシェリアは目を見張った。

「あれ? お前……なんで、こんなとこにいるんだ?」

[ 100/143 ]

[*prev]  [next#]

[mokuji]

[Bookmark]


TOP





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -