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 戸惑う少女をよそに、物珍しげに彼女の周りをぐるぐると周る。エルスの表情は、つい先程まで恐怖に怯えていた様子とは全く異なる。
 天上人は異端である、と教わってきた。しかし、目の前の少女はあの狂暴な獣とは全く似つかわしくない。むしろ自分達とさほど変わりない外見が、彼の想像とは違っていた。更に言えば、言葉が通じるとすら思っていなかった。
 だから、エルスは喜びにも似た感情を彼女に抱いていたのだった。

「さっきの光、何だったんだ? 天上人って凄いんだな、みんな出来るのか? 何で僕たちには出来ないんだろう。練習したら出来るように……」
「あ、あの、話を聞いてください!」

 気圧されて何も言えずにいた少女が口を開いた。何一つ説明出来ないままだった自らの目的を、彼女は再び話し始める。

「実は、貴方に宿る紋章を取り戻しに来ました。白色のオルゼの紋章、それは私達にとって必要不可欠なものなのです」

 紋章−−という単語は、地上人でありベルダートの民である人間には、不信感を煽るには充分すぎる要素だった。護衛騎士は眉を潜め、彼の身を少女から引き離す。

「そんなもの、エルス様には存在しない」

 天上人。そして−−彼らが引き連れてきた事で、棲息区域が広まったという−−魔獣。それらをベルダートでは異端と呼ぶ。地上人を圧倒する特殊な能力を持つという彼らの身体のどこかに、必ず“紋章”が刻まれている。いわば異端である事の印である。
 地上人の両親の元で生まれ育ったエルスの身に、紋章などというものは存在するはずが無いのだ。

「先程、私の呼応石が貴方に反応を示しました。紋章の恩恵を受けていたはずです。本当に、何も覚えが有りませんか?」

 彼女にそう問われれば、心当たりが唯一存在する。地上人であれば、それは考えられない出来事。二人がそれを口にしなくとも、まるで見ていたかのように、少女はそれを指摘した。

「例えば、傷病が僅かな時間で治癒した、とか」

 彼自身も、護衛騎士も、その瞬間を目の当たりにしている。負った傷があんな短時間で跡形もなく治るなんて事は有り得ない。
 しかしエルスの記憶が呼び起こしたのは、何よりも魔獣に襲われた時の事だ。紛れもなくあれは現実で、たとえ重傷であっても、紋章の力だからこそ完治したというのならば、あの時ユシライヤと交わした会話のすれ違いにも合点がいくのだ。

「それはオルゼの紋章がもたらしたものです。紋章というものは、実は何等かの原因で貴方達にも宿る可能性があります。しかし、それはやはり正常な状態ではありません。命の危険をも伴います。ですから私は、貴方をその紋章という繋縛から救いたいのです」

 まるで散らばった欠片を嵌め込んでいく作業のように、記憶の断片が目まぐるしく頭の中を駆け巡る。エルスが護衛騎士に向けたのは、助けを請うような目だった。ユシライヤは暫く考えた後で、異端者に向けていた剣を鞘に収めた。

「じゃあ、手っ取り早くその紋章とやらを、どうにかしてくれれば良い」

 慕う者の命の危機。それは少なからずユシライヤを動揺させた。相手を信用するかどうかは既に問題ではなかった。それで解決するのなら、もうこれ以上関わる必要は無いのだから。

「それが……実は、此処ですぐには出来ないのです。私一人では紋章を外す事は不可能です。多くの仲間の協力が無ければいけません」
「それはどういう事だ」

 ユシライヤが威圧的な視線を送るも、少女は怯む事はなかった。

「つまり……私と共に、来て頂きたいのです」

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