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「エルス様、どうしました? 何があったんですか!?」

 扉の向こうから呼び掛けるのは護衛のユシライヤだ。部屋の内側から掛けられた鍵が開かない。返答が無いので、執拗に拳を打ち付ける。

 ふと、鍵が開くと同時、ユシライヤは扉のすぐ手前で立ち上がれずにいるエルスの姿を確認する。
 エルスは片脚に怪我を負っていた。寝台から離れ部屋を出ようとしたところ、棚上から花瓶が落ちてきたのだ。様々な恐怖が重なって、動けずに踞っていたのだという。
 ただ、傷口そのものは浅く済んだようだ。このくらいの傷であれば、彼女にも適切な処置は出来る。

「必要な物を取ってきます。すぐに戻りますから」

 エルスには安静にしているように言い、従者がその場を離れようとした時だった。
 外界からの強い閃光。
 日覆いで遮られた室内をも、瞬間的に白い光で覆うような閃き。

 ユシライヤは窓の外を確かめようと周囲を見渡す。暗闇の中でざわめくのは風に揺られる葉擦れの音。光を発するような何かの正体は掴めない。
 怪しんで暫く外を見ていたが、「ユシャ。ちょっと来てくれないかな」とエルスが呼んだので、そちらに振り返る。彼は訴えるように従者を見ていた。

「あのさ、傷……治ったんだ」

 まさか、とユシライヤがすぐさま近付いて確かめると、確かに彼の言う通り、傷口は跡形も無く消えていたのだ。

 しかし、それよりも彼らを驚かせたのは、間もなくして訪れた二度目の閃光にあった。
 窓の外から放たれた、刹那の眩い光。二人は思わず視界を覆ってしまう。次に彼らが目にしたのは、まるで生きているかのように外界から部屋へと進入してきた光の球体だった。それは、白から青や黄、赤といった様々な色に染まりながら、その形状をも変化させてゆく。弾け四散したかと思うと、再度融合し大きくなり、次第に人型を模した。
 細かな光線の波長が彼らの目の前で彩られると、それはもはや光ではなく生きている人間そのものだった。
 窓際に佇むのは、見知らぬ少女。朝焼けの空のような不思議な色の長髪が、彼女をより現実から程遠い存在に思わせた。
 彼女が開いた瞳は、揺らぐことなくエルスを凝視する。

「やっと見付けました。オルゼの加護を、その身に受ける貴方を」

 少女が歩を進めた先は真っ直ぐエルスの元だったが、先に反応したのは従者のほうだった。武器に掛ける手は、相手への反抗の意思を示す。

「何者でも構わない。だが、それ以上近付くようなら黙ってはいない」
「戦う理由は有りません。詳しい事は話せませんが、私は彼を助ける為に此処へ来ました」
「私達が天上人を易々と受け入れると思うのか」

 剣先を向けられようとも少女は怯まない。面倒な相手だ、とユシライヤは舌打ちした。

「そちらがそのつもりなら、私は退きません」

 牽制はむしろ少女を煽る事になってしまったようだ。彼女の手元に、何も無かったはずの空間から光が現れ、次第にそれは杖のような物を形成した。握られたそれが彼女の武器だろうか。

「天上人って?」

 と、二人の間に張り詰めていた糸を断ち切るように、ユシライヤの背後に隠れていたエルスが、率直な疑問をぶつけた。
 エルスが少女に興味を向けて、初めて彼女と視線が合った。従者が止めるのにも構わず、自ら対象へと近付いていく。

「理解して下さったのですね。私は貴方をその紋章から」
「本当に天上人!? 初めて見たっ!」

 少女の言葉をも遮って、エルスはその好奇心を、思うがままに口にした。

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