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描いたヌメラの裏の色

伸びたままの爪が画面に当たる度に音がなる。カツリカツリとわざと鳴らすこと数回。立ち上がり棚の方へと足を運びながらそういえばと口を開く。

「昨日の試合見たよ、久しぶりに生でダイマックスみた…ってあれ、爪切りここじゃないっけ」

棚を漁りながらそう言うアルスの言葉を働かない頭で何度かかみ砕く。そうして行き着いた結論に、横になっていたキバナは体を起こしてソファの背へと体重をかけた。目の前に映ったガラステーブルに置かれた雑誌の下。膨らんでいる所に手のひらを差し入れそこにある物を引っ張り出す。

「来てたのかよ。言えば席用意したのに…爪切りここにあるけど」
「え、あ、ほんとだ。ありがとう…いやそれ関係者席でしょ。俺関係者じゃないし…あ、隣の人がいい人でさ、おもてなし?的なのしてくれた」
「は?なにそれ?」
戸惑いと、嬉しげな様子を声にのせたアルスはキバナの問いに曖昧な答えを返した。

「いやよくわかんないけど…多分ファンの子だったのかも。カビゴン描いてくれたんだよ。ほら」

爪を立てられていたその画面をまた何度か動かしたアルスが見せた写真に写るのは紙に描かれたカビゴンの姿。横になって眠る様子と音符を飛ばして機嫌良さげに座るそれ確かにアルスの相棒のポケモンで。書き慣れたその線からも伝わる描き慣れた様子から絵のうまい人が書いたのだろう。
「上手いな」
「そうだよね!凄かったんだよ目の前でさらさらーって。暫く色々書いてくれたんだけど本当に凄かった。絵かける人っていいよね羨ましい」
「あー、うん。子供か?」

キバナはそのまま自分のスマホで隠しながらも写真を撮る。画面に写されたのは機嫌良さげにそう話すアルスの瞳が新品のおもちゃを前にしたこどものようにキラキラと輝いているのを見て笑みがこぼれてしまった。
「え?なにが、子供じゃなくて女性だよ」
「はいはい」
「どのくらい練習すればこのくらいかけるようになるんだろう」

そう呟くアルスの横で、ポケスタを開いて話題になっている投稿を漁っていたキバナの瞳に写る文字。

アルス 画伯

「ッフ、アッハハ」
「は?どうした」
「アルス絵下手じゃね」
「…何故?」

これ、と指差した先を辿ってアルスの瞳が瞬いた。
「わりと上手く描けた方なんだけどなぁ」
そう言いながら頬を書くアルス。苦く笑う瞳に写るのは画面から放たれる強い光。黒い線が弧を描き、一部でとぐろを巻いたりしながら描かれたそれ。


「ヌメラには見えない」
「くっ…キバナに言われたくないっ」
「俺はここまで酷くない」

アルスが出会ったのだろうその女性と思われるアカウント。今日の出会いは既に大衆に共有され、アルスが描いたヌメラらしきその落書きを画伯と評されているのを見て笑ってしまったのはしょうがないことだ。キバナはそう思ったからこそ口に出した。しかし、アルスの唇がへの字に曲がると不満げにも得意気にも聞こえるような声を紡ぐ。

「言ったな?描いてどうぞ」
「え、」


キバナ@nkr_241
ヌメラはこうだろ
#ヌメラチャレンジ

@mob3
ヌメラ…??
@mob1
ヌメ…ラ?

@mob2
俺たちの推しは画伯説浮上

そうしてキバナのヌメラもSNSの海へと投げられた。…のだが、反応を見る限りキバナの描いたそれもアルスのものと変わりがないというのがファンたちの意見らしい。


「まじで?」
「まじだね」
事の推移を画面越しに眺めて訪れた微妙な空気。それに反して異様な盛り上がりは移ろいを見せ、ヌメラチャレンジというものが出来上がってしまった。少し探れば出てくる絵の数々を無言で探し始めたキバナの横で、アルスもスマホロトムへと視線を落としていた。

「上手く描けた方なんだけど」

数分後にポツリとアルスが溢したその言葉に思わず吹き出したキバナをきっかけとして本日の口喧嘩が勃発してしまったのだが、それはまあ…いつもの二人の日常である。

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