禪院家の分家の末端のような家系に生まれ落ちた。ギリギリ血の繋がりがあるかないか程度の末端の家。本家とは別筋の相伝術式がある、というのが珍しいかもしれないが結局は末端も末端の何時でも切り放せるような家だった。
そんな家に赤子が生まれた。
何代も途切れていた相伝術式を持った男児だ。親族一同歓喜した。術式があると分かった4歳の時、それまでの様子を伺うような扱いが一変し神を奉るかのごとく称えられるようになった。
しかし
それも僅かなこと。術式の稽古中、その子供が倒れたことで事態は変わる。 相伝術式を引き継いだその子供の呪力量が、極端に少ないのだ。 呪力がなければ術式を持っていたところで使えない。 泥沼に嵌まるように親族どもが騒ぎ出すようになったのはそれからのこと。
当主が溢した 「この役立たず」
叔父が呟いた「宝の持ち腐れ」
母親が嘆いた「なんでこんなことに」
子供は伽藍堂の瞳で空を仰ぐ「僕は悪くない」
そうした中、産声を上げた赤子がいる。 術式を持たない無力な子供。何の価値もない子供…であれば何も話は拗れない。 産声を上げたその子供は、呪術師であれば誰もがすぐに気がつくほどの、莫大な呪力を持って産まれ落ちたのだ。いっそ笑えてくるほどの禍々しい呪力の塊を見た母体は咽び泣いた。 この赤子が長男の呪力を取ったのだと。 全てを奪って産まれてきた呪いの子だと。 長男のことで負い目を感じていた母親は、到底その赤子を受け入れることが出来なかった。 恐ろしいほどの呪力を孕んだ呪いの子。 術式を持たないのであればただ権力争いの火種にしかならない愚かな子。
その子供が6歳になっても術式に目覚めなかったことで早々に見切りを付けた親族はその子を更に分家へと追いやった。
呪力だけが馬鹿みたいにある弟の価値なんざ 相伝術式をもつ兄とは比べ物にならない程無価値だった。
「それが俺、仲内烈だよ。よろしくね、落ちこぼれ同士不貞腐れようぜ」 「よろしくしねぇし勝手に喋りはじめて勝手に完結すんな」
これは小学3年生の時に遠足の途中のバスの中で出会った二人が、互いの死に様を見て最期に笑うそんな最高の落ちこぼれになる話。
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右を向く。 2mはありそうな奇妙な体を左右に揺らしながら徘徊する腐った高野豆腐のような呪霊が道路を横断している。
左を向く。 めっちゃ蠅頭。大群の蠅頭…を三割ましで酷くして言語機能を搭載したような謎の飛行物体がイケメンお兄さんをストーカーしている。
目を閉じる。 [殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ失せろ失せろ失せろ失せろ失せろ失せろ失せろ許さない許さない許さない許さない許さない] もはや麻痺してきた体内で、それでもなお煩いと思える程度に騒がしく不愉快な声が今日も止まらない。
「呪術師も人も世界も人生もくそでゴミ」 「それは同意する」
独り言のつもりで呟いた言葉に帰って来た返事。聞こえた方へと体ごと向ければ目に映る無愛想な顔がいた。 「甚爾はよ」 「…ん」
小学校の遠足をきっかけに漸く友達らしい友達ができた。禪院甚爾…禪院家の落ちこぼれとか呼ばれてるけどなんか凄い奴。頭は悪くないけど成績は悪い。俺も人のこと言えないけど、まあ学校の成績なんて特に悪くても支障はない。学校なんて二の次みたいな家に生まれてその家で何よりも重要視されてるものから欠落、論外、愚作の判定を受けてるんだ。今さら何があっても最底辺。
「なぁ甚爾、俺さ…」
呪術高専行こうかなって思うんだけどお前も行くぞ
そう告げた瞬間殴られた。
まだ朝なんだけど。登校前なんだけど。咄嗟に呪力廻らせたから何となく防御できた気がしなくもなかったのに左頬腫れたんだけど。この天才様め。
当然殴り返す。避けられる。体重が移動した右足に足払い…をかけようとして差し出した足の上に甚爾の左足が乗る。足の甲割れんじゃないかと思うぐらい痛い。
「うっざ」
意識がそれてる間に左脇目掛けて肘を入れる。簡単に受け止められた。 と、同時。
ピタリ、
顔面ギリギリ。あと数センチで鼻が凹む距離。 迫る拳を止められなかった俺を嘲笑いながら甚爾の唇は動いた
「おかわり、するか?」
目の前にある拳の圧は途切れもせず。 深く諦めのため息を吐いて両腕を上げた
「降参、とりあえず足退けて」 「ハッ」
ちなみにこの一年後仲良く(盛大に喧嘩後)東京呪術高専に入学した
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