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とあるカメラマンの備忘録


自分で言うのもなんだが、この業界でも名が知れている方だ。「この男に撮られれば確実に売れる」そう他のやつらは俺を評価している。無名モデルの発掘、会社のプロモーション写真……どんな仕事でもこの相棒と共に、信頼と実績を勝ち得てきた。『一瞬の美を捉える』それが俺のモットーだ。

どんな仕事でも全力を尽くす俺にとって、プロ意識の低い奴と仕事をすることは一番の屈辱ともいえる。現に俺は、此方に任せれば何とかなるだろうと考えている甘ちゃんを飽きるほど見てきた。そういう輩は反吐が出るほど嫌いだ。
だから俺は仕事をする相手を見極め、選ぶ。その権利を得るために、どれだけの努力と苦労を重ねてきたと思う?ただ撮られればいいなどと思っている勘違い野郎など、相棒のファインダーを通して見る価値もない。

ある日、俺のもとに一通の仕事の依頼が届く。
送り主は、某有名ブティックの宣伝部。来年度から新設する子供服部門、その第一号となるモデルの撮影依頼が書かれていた。どうやら一週間前まで、企業主催のオーデションが行われていたらしい。最終選考で選ばれたのはたったの一名と記載されている。

パサリ、書類の隙間から2枚の写真が抜けて床に落ちた。
肩から上だけをアップしたものと、全身を移した別々の宣材写真には、同じ人物が写っていた。翡翠のような大きな瞳に髪が特徴的な、色白細身の少年だ。

「ほう、中々に良い原石じゃあないか。悪くない」

口元が弧を描く。それは純粋な期待などではなく、挑発を含んだ笑み。問題は、この少年を俺の相棒に映す価値があるかどうか、である。現場でその必要がないと判断した場合、例え有名ブティックの審査員が選んだモデルとは言え、俺はこの撮影を蹴ることができる。

俺は凄腕のカメラマン。この世の至高を追求する俺が、三下を相手にシャッターを切ることはない。


*****


予定時刻調度。事務所の玄関先で立つ名前の目の前で、一台のワンボックスカーが絞り出すような甲高い音を立ててドリフト駐車を決めた。地面にはタイヤ痕がくっきりついている。

「イェーイ!名前君、元気ー?」

鳴き声を上げているであろう車などつゆ知らず、運転席から飛び出してきたマネージャーは助手席まで回って扉を開け、まだ身長の低い名前が乗れるようにエスコートする。

「常識あるお出迎えをしていただきたいんですが」
「ノンノンっ、それじゃあつまらない!人生には刺激がないと」

シートベルトを閉めたところまで確認し終えたマネージャーは、再び車を発進させる。先ほどのクレイジーな運転を見た者は冷や汗をかくだろうが、名前が乗り込んだ瞬間にそれは安全運転に切り替わる。法定速度をきっちり守りながら軽快に道路を走る車は、本日の目的地へと一直線に進んでいた。

「それに、今日は君のデビュー撮影!気合いが入らないほうがおかしいよね〜!」

車内に流れているラジオの音楽に合わせて「WHOOOOッ」と合いの手を入れるマネージャー。その傍らに座る美少年は大して気にすることもなく、車窓に寄り掛かってあくびをするほどに呑気だ。

「その様子だと、緊張して眠れなかった…というわけではなさそうだね」
「ええ、そりゃもうぐっすりと」

即答する名前に、思わずマネージャーは苦笑を溢す。先ほど口にした通り、今日はこの少年の実質的なデビュー当日。極めつけは、あの某有名ブランドの宣材モデル第一号としての撮影なのだ。それなのに当の本人と言えば何処か呑気というか何というか……オーディションの最終選考発表時も「へぇ、受かったんだ」のただ一言。歳不相応の落ち着き具合に、周りの大人たちが口をぽっかり開けて驚くことも少なくない。

「まったく、大物というか天然というか……」

既に瞼を閉じて眠る体制に入った助手席の名前を横目に、ハンドルを握りながら小さくため息を溢した。
どうやら今日の担当カメラマンは、業界ではかなりの有名人らしい。”らしい”と不確定要素を入れるのは、実は自分自身、マネージャー業をそんなに長くやっていなかったからだ。起業の宣伝部からは先日の電話で、

『くれぐれも!失礼の!ないように!お願いします…!!!』

と泣きそうな声で懇願された事実がある。よほど怖い人物なのか、はたまた気難しいのか……。

「まあ、名前君なら何とかなるか!」

怒られたら怒られたで仕方がないよね!何て言うマネージャー自身、あまり深く考えないポジティブシンキングの人間であった。


*****


「名前さん、入りまーすッ!!」

威勢の良い若手スタッフの声が撮影現場に響く。周りのやつらはその号令を聞いた途端、スタジオ中央の椅子で腕を組み、深く腰掛ける俺の背後に素早く整列した。
ここは俺の根城であり、全員が俺の支配に下る。整列するスタッフは皆、自分から志願してこの厳しい環境を選んだのだ。このスタジオから輩出した多くの人材は、俺ほどではないとはいえ業界の一端を担う逸材に成長する。誰一人、俺に文句を言うものなどいない。

コツリ、革靴がアスファルトの地面を蹴る音が聞こえ、そちらに視線だけをよこす。

翡翠色の髪はハーフアップにセットされ、首元を飾る深紅のリボンが白い肌に良く生えていた。肩から下がるサスペンダーに繋がれた黒い短パンと、モノトーンのブーツの間に生まれた生足はか細く、今にも折れてしまいそうだ。
その華奢な印象とは正反対に、こちらに向かう足取りは自信に満ち溢れている。この俺を前にして一切の怯みが見えない。今回が少年にとって初めての撮影と聞いていたが、そうとは思えぬほどの落ち着きにひとまず感心を覚えた。

後ろに控えたマネージャーは手短に少年を紹介すると、人形のように澄ました顔がふっとほころび、目じりを下げて微笑んだ。

「ナックルシティの××事務所に所属しています、名前です。貴方のような有名なカメラマンの方に撮影していただくなんて夢のようです」

子供らしからぬお堅い言葉。しかしその微笑みは、まるで長く凍てついた冬の大地に訪れた春の妖精のようだった────、初手で流されそうになったが、だからと言ってこの少年を認めたわけではない。おれは子供が相手と言えど容赦はしないのだ。

「…ふん、御託はいらねえ。映す価値があるかないか、カメラのレンズを通せばすぐにわかる」

目の前の少年を睨みつける。大抵の子役や若手モデルは俺が睨みつけるだけで震えあがるというのに、しかしこの少年は静かに瞳を伏せるだけだった。長いまつげが脳裏に焼き付く。

「撮影に入るぞ」

その一言で後ろに並んでいたスタッフ達は、目にもとまらぬ速さで持ち場に付くと、大声を出しながら機材チェックに入る。そのうちの一人がモデルの少年をスタジオの中央部へと案内し、マネージャーは邪魔にならない壁際に自ら移動していた。

俺は一人、喉を鳴らして小さく笑う。
……この空間の支配者が誰であるか、思い知らせてやろう。


*****


思わず唾を呑み込んでしまう。
信じられない、俺の指が意図せず勝手に動くだなんて……!!



俺はプロのカメラマンだ。被写体に対する研究も手を抜くことはない。
時は数日前に遡る。俺の経営する事務所のデスクに、一通の分厚い茶封筒が置かれていた。中身を開封すれば、書類の束と、翡翠の髪の少年の写真が入っている。ただし写真は以前のものとは違い、少年が来ている服はデザイン重視の服ではない。
ジムチャレンジャーの少年たちが身にまとう、共通のユニフォームに袖を通した少年。指示を出す構えの少年の隣には、よく育てられたニューラが威嚇している姿が写っていた。

どうやら少年は、昨年のジムチャレンジに参戦していたらしい。その実力はかなりの腕前らしく、セミファイナルの決勝で敗れたとはいえ、選ばれしトレーナーであることは間違いないだろう。
当時から少年の見目は一部の人間を騒がせていたらしく、大手事務所からの打診もあったそうだ。しかし彼が現在所属しているのは、ナックルシティにあるさほど有名ではない小規模の事務所。何故彼がそこを選んだのか、理由までは記載されていなかった。

……ふと、撮影用の背景布の上で毛先をいじる少年を見つめる。全く緊張していないと言わんばりの雰囲気は成程、勝負の世界で身に着けたと言われれば納得するものがある。

しかし、子供らしからぬその冷静な雰囲気が、どことなく面白くない。
これはあくまでも『子供服の宣材モデル』の撮影なのだ。確かに、撮影用の服を完璧に着こなすその美貌は誉めてやろう。しかし、子供らしさという表現が足りないマセガキに、このブティックのモデルは相応しいくないと心の中で悪態をついた。

「機材の準備、OKです!いつでも始められます!」

その声に漸く腰を上げ、既にセッティングしておいた相棒の前に立ちはだかる。
俺の相棒は正直だ。相応しくないモノに対してはボンヤリとしか写さず、逆に相応しい物であれば、まるで今にも動き出さんばかりの躍動感あふれる一枚を俺に見せてくれる。

外付けのシャッターリモコンを右手に握る。
さあ、お手並み拝見と行こうじゃないか?



フラッシュの閃光は途切れることなく、リズミカルに名前を照らし出す。
男に額には冷や汗が流れ、何故か歯を食いしばってファインダーをのぞき込む。

畜生。畜生畜生畜生────っ!

俺の脳が指令を出すよりも早く、右手はリモコンのボタンを押している。本能的に目の前の被写体を写真に残そうとする己の、その初めての感覚に困惑を隠せずにいた。

まるで世界を見下しているのではないかと思うほどに冷えた瞳は、撮影が始まった瞬間に一変した。照明の光をこれでもかとかき集め、美しいその宝石のような瞳を一層輝かせる。ほんのりと赤く、薄く開いた唇は食べてしまいそうな程にいとおしく、ゆれるサラサラの髪は尾を引く様に宙を舞う。
更に短パンとブーツの間の生足は、カメラを通してみるとより魅惑的であった。すらりと長いか細い脚には傷一つなく、陶磁器のように滑らかなそれに手を這わせてしまいたくなる衝動が生まれる。

何が一番恐ろしいかと言えば、それらの武器をさも心得ているとばかりに魅せつけてくる少年の技術だ。

此方が指示するよりも先に、より良い方向へと軌道修正する。ミリ単位でピッタリと理想道理にポーズを撮るその少年は、下手すればそこら辺のモデルなんかが及ばぬほどの素質を持っている。先ほど与えられたカバンの小道具も直ぐに使いこなし、己の魅せ方だけでなく、その商品一つ一つの良さを理解してカメラに写るように動いている。

今、この瞬間でさえ純度の高い才能を持っている彼が成長したら、とんでもない化け物になるのでは……。

瞬間、握っていたシャッターリモコンが手から滑り落ち、ぶらりと宙づりになる。いつの間にか大量の手汗をかいていたらしい。指先は小刻みに震えている。
動悸がやけに激しい。息をするのも苦しくその場でしゃがみ込んでしまう。思わず胸を手で押さえて興奮を無理やり沈めようと抗うも、煮えたぎるほどの熱を帯びた血液が俺の体を麻痺させる。

早く少年を撮りたいと叫ぶ、相棒の声が聞こえた。

「……あの、大丈夫ですか…?」

────ふいに、すぐ目の前から声が聞こえた。

俯いていた顔をゆっくりとあげれば、目の前には膝小僧に両手を添えて、前かがみに此方をのぞき込んでいた。

「もしも体調が悪ければ、無理はなさらないでください。僕の方は予定をずらせますので、いつでも撮り直しできますし」

その整った黄金律の眉をハの字に曲げ、きゅるんと音がなりそうな表情を作る少年は、あまりにも愛らしい。

「……いや、問題ない。それに、私の都合で撮影日をずらすなんてあってはならないことだ」

四苦八苦しながらも何とか声を出せば、彼は一度瞼を閉じる。嗚呼、その煌めく宝玉が見れないのは悲しいと、はやくその瞳を魅せておくれと胸の中でもう一人の俺が泣いていた。

「貴方は、物凄く仕事熱心な方なんですね」

でも……少年は一旦間をおいてから、改めて口を開く。

「心配なんです。苦しそうな貴方を、ほうってはおけない」

春一番の花の輝きを持ちながら、母のような温もりをも兼ね備えた至上の微笑みが、そこにはあった。
嗚呼、人はきっと彼を天使と呼ぶのだろう。





「フォオオオオオオオオ!!!!!最高だねぇえええええええ!!!世界一美しいよぉぉぉおおおおお名前きゅんんんんんんんんんん!!!!!」

突如、現場に奇声が響き渡る。

目の前から吹っ掛けられた野太い声歓声に、名前は思わず肩を跳ねさせてしまう。状況把握までに暫しの時間が掛かってしまったが……否、出来ればこんな現実、認識したくもなかった。
黄色い声の出所は、先程まで苦しそうにしゃがみこんでいた男本人だ。シャッターリモコンを握り、ゆらりと立ち上がった男の表情は、先ほどまでの鉄仮面など何処へやら。頬を染め、額に汗を流すその様は見るからに興奮しきっている。

「ハァ…ハァ……。ごめんねぇ名前きゅん……。オジさんが突然大きい声を出したからびっくりしちゃったよねぇハァハァ……。ああでも、おめめをクリクリさせて驚く素の名前キュンも最高だねぇ……。可愛さ100億点だよぉハァハァ……」

あまりの気持ち悪さに数歩、後へ後ずさる。そんな名前のことなどお構い無しに、自分の世界へ飛び立ってしまったカメラマンは熱い吐息を吐く。右親指はシャッターボタンを連打し、今にもリモコンが壊れそうである。フラッシュは絶えることなく名前を照らし、ポーズを決めていないというのに画像として記録されていく。

「ン゛ッ゛…怯える名前きゅんも最高だねぇ……だけど大丈夫だよぉ……ちょっとオジさん、名前きゅんがあまりにも可愛すぎてハイになってるだけだからさぁハァハァ…。勿論お仕事はちゃんとするから、安心してポーズをとってねぇ……君の最高の瞬間を、オジさんだけに見せて頂戴…ハァハァ」

男の目は、完全にイっていた。真正面から見つめる男の視線は、名前の体を舐めまわす様に、じっくりと嬲る。蛇が絡みつくような錯覚を覚えた名前は全身に鳥肌が立っている。
『ヤバいやつだ、コイツ』直感で勘づいた名前は、現場の端に待機していたマネージャーをガン見する。これは危険だ、この仕事を続けていいのかと無言で問い質す。

しかし、マネージャーから撮影を止めることは決して無かった。名前渾身の『テレパシー』はいとも簡単に弾き飛ばされ、親指まで立てられる始末。慈悲などない。この時の憤怒を一生忘れることはないと、名前は後世まで語り継ぐこととなる。
無論、マネージャーとて何も考えていない訳では無い。カメラマンの男が豹変した瞬間、思わず身を乗り出してアルスを護ろうと前に出たのだ。しかし、今まで黙々と機材を調整する若手スタッフたちが、カメラマンの奇声を聞いた途端に変な盛り上がりを見せたのだ。

「あれは……禁断と呼ばれし『アルティメット師匠』ッ!!!!!!!」
「聞いたがことある、普段は物静かな師匠の『いいね!ポイント』が最高潮に達した時にのみ溢れ出るという雄叫び…」
「すげぇよ…!!!こんな撮影現場、めったにお目にかかれないぜ……!!!!」

まるでダイマックスを目の当たりにしたような歓声をあげる外野に、一人だけ取り残された自分だけがおかしいのかと思ってしまうほどだ。

「ねえ、君たち本当に大丈夫???」

特に頭の方。……という言葉をグッとこらえて一番近くにいたスタッフに声を掛ければ、彼は元気よく「勿論ですよ!」と胸を叩く。

「ご存じないのは致し方ありません。グランプリを獲得しているモデルや、大ヒットを記録した商品の広告写真はすべて、あの状態の師匠が撮ったモノなんです。この撮影で生まれる写真は、後世まで語り継がれる逸品になることは間違いないです…!」
「そ、そうなんですか」

唾を飛ばしながら息継ぎなしに解説するスタッフに、思わず口元を引きつらせる。最早、犯罪者と同等レベルの変態になり下がっているとはいえ、神速でボタンを連打する男は、腐ってもカメラ業界の重鎮だ。だから……、

「さぁ…名前きゅん……今度は後ろ向きから少しだけ顎を引いてカメラに目線をくれないかな…?」

……うん。仕事はちゃんとしているみたいだし、いいか。

マネージャーは、考えるのをやめた。お手出ししなければ、もうどうにでもなれと投げ出した。こうして被写体である名前にしてみれば最悪の決断をしたマネージャーは、死んだ目をしながら黙止することに決め込んだ。

「君はまるでこの世のありとあらゆる闇を浄化するため、天から遣われし天使ッ!!!!!!!!!その存在が最早罪ッ!!!!!!!!!!可愛いは世界を救うッ!!!!!!!!!!!!!!」

もうどうにでもなれと思ったのは、被写体である名前も同じだ。マネージャーに見捨てられ、預かってもらっているニューラのモンスターボールも反応がない。きっと名前に直接的な被害がないため、彼女自身も判断に困っているに違いない。
(一応)撮影中にも関わらず、思わずため息をついてしまう。……これはお仕事。これはお仕事。何度も何度も脳内で繰り返し暗示を掛ければ、漸く先ほどまでの調子を取り戻してくる。こうなったらNGを出さないように徹して、さっさと終わらせるほかない。カメラに向かって営業スマイルを全開に晒しまくる。

「はああああああんんんんんかわいいがすぎるうううううううううう!!!!!!!!!!!その可愛さは最早罪だよ名前きゅううううううんんんん!!!!!!!!俺の人差し指がとまらないよぉぉおおおおお!!!!!ンホォォォオオオオオオオこれは俺史上最高の傑作になりますわありがとう天使様ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

カメラマンは泣いていた。滝の涙を両目から流しながらも、その右手の親指はもげてしまいそうな程連打していた。

もう帰りたい。かえってカビゴンのお腹で癒されたい……。
デビュー初日にして、名前の心は悟りを開ききっていた。


*****


「お˝ぉ˝ん˝……名前きゅん、もう帰っちゃうのぉ˝…いつでもオジサンのところにあそびにきてねぇ……ふぇぇええん」

良い歳の中年男性にギャン泣きされながら見送られ、漸く帰路に就いたのは夕暮れ時、遠くの空ではココガラがアルスを嘲笑うかのように鳴いていた。
因みに、ワンボックスカーに乗り込んだ瞬間、名前からの強烈な肘うちがマネージャのわき腹を抉った。子供故の背の低さをこれ幸いに、営業スマイルで手を振る名前の暴力は車外のスタッフには全く気づかれない。

「モーモーミルクの特製ソフトクリーム、10個ね」
「イエス、ボス……」

ブロロロロ……とゆっくり走りだした名前達一行に、カメラマンの男はその姿が見えなくなるまでハンカチを振って別れを惜しんでいたという。




結果として、名前が宣材モデルとして抜擢されたその広告は、発表されたと同時に世間の注目の的となった。
今にも動き出しそうな程にリアリティを含んだ写真は、しかして現実離れしたモデルの美しさも混ざって一種の芸術に昇華していた。店頭に並ぶ服は瞬殺、予約が殺到して工場がフル稼働しても間に合わないほどに売れていた。

無名モデルの衝撃的なデビュー、その一役を担ったカメラマンの男は、とある記者のインタビューでこう語ったという。

「『私は初めて知りました。この世に天使は存在するのだと。彼は正しく”奇跡”と呼ばれるに相応しい。彼こそが、このすさんだ世界を救う為に使わされた神の遣いなのでしょう』……うわぁ、凄いモテモテね。この様子だと彼方の方から撮影オファーがきそうじゃない」

事務所のソファに寛ぐ女性は、此処ナックルシティを拠点にする小さな事務所の所長、その人である。どうするの?と、問いかけた先には、今話題沸騰中のティーンモデル、名前がげんなりした顔で相棒のニューラに抱き着いていた。

「……分かってるのに、叔母さんのいじわる」

勿論NGで。そう言う名前はぶっくりと頬を膨らませ、珍しく子供らしい素振りを見せていた。

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