まだ俺がガキの頃、母さんから聞いたことがあった。
「優ちゃんには幼馴染みがいるの」
母さんは会ったことがないらしいが、やたら楽しそうに話していた。…なんでも父さんの初恋らしい。旦那の初恋話なんて聞いて何が楽しいのか分からないが、俺にその幼馴染みの写真を見せながら父さんの初恋物語を情熱的に演じながら語る母さんは何故かとても嬉しそうだった。
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ母さん」
「あら?新ちゃんだって思わない?
優ちゃんの初恋の相手よ?きっと…」
毛利探偵事務所に入った依頼のため杯戸病院へと訪れた。依頼人は入院中の患者からのもので無くしたものを見つけてほしいという簡単なものだったため、毛利のおっちゃんだけで事足りることで、詳しく話を聞くために病室へと残ったおっちゃんと蘭を他所にコナンは病室内を歩いていた。
ふと顔を向ければ大きな窓がありよく日の当たる廊下に来ていたことに気が付いた
「え、あれって…」
人通りが少ないその廊下のベンチに1人座っていた女性の膝に乗せられた本は見覚えのあるもの。
静かに近づき声をかける
「ねえお姉さん」
「あら、もしかしてそのお姉さんっていうのは私のこと?」
振り向いた女性は周りに人がいないことを確認し、コナンへと目を合わせ笑いかけた
「もうお姉さんっていう歳じゃないわ、ボクは小学生?」
「うん、1年生だよ」
「…ならきっとあなたのお母さんよりも年上ね。もう40近くのおばさんよ」
そういいながら女性は自分の隣を叩きコナンを手招いた。そのまま従いベンチに腰かける。
「ボクは迷子?」
「ううん、違うよ。お姉さんのその本…知っているから」
膝に乗せられた本に目線を送りながら言えばその女性は驚いたように目を開く
「…そっか!ボクは賢いのね。…この人。この小説を書いた人、私の知り合いなのよ」
「そうなんだ!…お姉さん名前は?僕は江戸川コナン」
慈しむように表紙の名前を撫でる女性に、引っかかる何かを感じた。名前を名乗ればクスクスと笑う
「あなたのご両親とってもいいセンスしているのね、コナン君…あなたもミステリー好きなのかしら?私は名字名前よ、よろしくね?コナン君」
「名字名前って…」
名前に聞こえないように小声で名前を復唱した。それって確か前に母さんが言っていた…
「ねえ名前さん!本当にその小説を書いた人と知り合いなの?」
「ふふ…ええ、そうよ。知り合いっていうよりは幼馴染み…かな?もう何年も前のことだけど、ね」
名前さんが持ったままの小説をチラリと見る。それは確かに『闇の男爵』…工藤優作が書いたその本だ。
父さんの幼馴染みで名字名前…母さんが嬉々として話していた父さんの初恋その人である。
「何年も会ってないの?」
「そうね、高校2年生の時に私が渡米しちゃったからそれ以来は会ってないわ。まあ、優作の方はちゃんと小説家になったみたいだし」
クスクスと嬉しそうに笑いながら喋る名前さん。母さんの話に聞いた通りだった
どうしようかと思いつつもう一度名前さんの手元の本を見ると隙間から少しだけ覗いている紙の端。
「名前さん、それ…なにか本に挟んでるの?」
「これ?…これはね、私がファンなんですよっていう証拠。優作と約束したんだけどね…渡そうにも何処にいるか分からないし」
それは…父さんが幼馴染みとした約束が目の前にあった。
「あ、そろそろ戻らなきゃ…。駄目ね、コナン君がこどもの頃の優作にそっくりだから喋りすぎちゃった。風邪を拗らせちゃって入院しているのだけど…あと1週間はこの病院にいるからもし機会があればまた会おうね?コナン君」
母さんの話で聞いたときは重い病気だったらしいけれど、風邪でっていうことはもう直っているのか?
とりあえず後で博士の家で両親に電話することに決め、立ち去ろうとしている彼女に質問を投げ掛ける
「その幼馴染みと会いたい?」
振り向いた名前さんは少し考えた後、口を開いた
「優作と…っていうよりは有希子さんと会ってみたいわね」
「え、なんで?」
「あら、だって優作のお嫁さんよ?きっと…」
「「とっても素敵な女性よ」」
名前さんが言った言葉と共に思い出した母さんの声。その嬉々とした表情に…もしかしたら似た者同士なのかも知れない
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