▼ さようなら
扉が空いたままの部屋を覗きこみながら探し人の名前を呼ぶ
「仙蔵いる?」
「日咲か、どうした」
入ってこいというように指を動かした仙蔵にしたがって日咲は部屋の中に入る
「珍しいじゃないか。忍たま長屋に日咲が態々来るとは」
からかうように笑った仙蔵を見て日咲は少し顔をしかめながら手に持っていたものを見せるように上げた
「前に借りた本を返しに来ただけよ。ありがとうね」
そのまま仙蔵に渡せばもう用事はすんだだろうにそのまま部屋に残って座る。そんな日咲を見て、仙蔵は首を傾けた。どうした、と。
いつもの日咲であれば用が済めば直ぐに居なくなるのだ。他愛もない穏やかな時間を過ごすことはあれど、表立って違和感を感じさせるような振る舞いはしない。だからこそ、普段とは違う行動をした日咲の内心を推し量ることが出来なかった
日咲はくのたまだ。しかも優秀な。
相手に隙を見せることが無いように感情を隠すことが上手いくのたまだ。
だが付き合いが長い仙蔵は日咲の違和感に内心を推し量ることは出来ずとも気が付いた
「…珍しいな。日咲が不安げだとは」
その言葉に眉を寄せ首を振り否定は示したものの、日咲の口から出たのは溜め息と、小さな声
「……嫌な…夢を見たのよ」
消え入りそうな声を聞いた仙蔵は僅かに目を見開いた後、一つ息を吐き、俯きながら座っている日咲の方に近付くと頭に手を乗せた。頭の上に乗った重みを日咲が嫌がらないのを確認し、元気づけるようにゆっくりと手を動かした。自分を頼って来てくれた日咲に僅かな嬉しさを感じながら、日咲が安心出来るように…
…それは、日咲が任務へと向かう一日前のことであった
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