「ねぇ、悟浄。もしも私が死んだらアンタは泣いてくれる?」
冗談であれば良いとそう願った。
けれども彼女の目は哀しいぐらいに澄んでいて、逆にそれが真実なのだと思い知らされた。
「――当たり前、だろ?」
「そう。良かった。」
そう言った彼女を俺は看取る事が出来なかった。
何故なら彼女と俺は住む世界が違ったからだ。
そう――。
『住む世界』が違ったのだ。
神様が泣いた日天竺国を目指して旅をしていたはずの俺がある日突然目を覚ましたら、見知らぬ部屋にいた。
そこにあるのはヤケに文明の発達した風景。
俺が状況を理解出来ずに目を丸くしていると、そこに現れたのが彼女だった。
「――オネーサン、誰?」
「それは私の台詞。誰?住居不法侵入で訴えようか?」
「ヤ、勘弁して下サイ。」
思わず両手を上げれば、彼女は面倒臭そうに煙草を取り出した。。
「――俺にもくれない?」
「その前に質問に答えて。アンタの名前は沙悟浄。合ってる?」
「は?――俺とどっかで会ったことある?」
こんなに良い女なら記憶に残ってるはずだ。
悟浄の問いには答えず、彼女は本棚から一つの本を取り出す。
「見て。ここはアンタがいた場所とは違う世界なの。まさか――、こんな非現実が自分に振って来るなんてね。」
そこで見せられたのは、本の中にいた自分達の姿だった。
*****
日本と言う自分が住んでいた世界とは違う世界に飛ばされて1ヶ月。
彼女のお陰で、俺は特に不自由なく暮らしていた。
「――なぁ、名前。今日の夕飯、なに?」
「今日はオムライス。」
名前はなんだかんだと世話を焼いてくれて彼女と恋に堕ちるのはそんなに時間が掛からなかった。
帰れなくなるならそれでも良いかと思っていた矢先、告げられたのは何とも残酷な事実。
「悟浄。私、長くないんだって。」
「――は?」
夕飯を食べて二人でまったりしていた時に、抑揚の無い声で彼女は言った。
「末期がんだって。もうどうしようもないって。」
「――意味わかんねぇ。」
「だから。死ぬんだよ、私。」
「いや、意味わかんねぇ…。」
認めたくない、理解したくないとそう思った。
何故彼女が死に呼ばれなければいけないのだろう、と。
「――分かってよ。だって私がいなくなったら悟浄には元の世界に戻って貰わなくちゃ困るの。」
「俺の事より自分を心配しろ!」
「――私、死ぬ間際に神様にお願いするね。悟浄を戻してって。」
誰よりも何よりも現実主義だった彼女が、神に縋る程弱っていたのだ。
******
それから何日かして、俺は気付けば桃源郷に戻っていた。
名前の最後は看取れていないがきっと彼女は逝ってしまったのだろうとそう思った。
「お〜い、悟浄。まぁたボーッとしてら。」
「悟空。悟浄は放って置いて水を汲んで来て下さい。」
八戒が諌めるように言えば、悟空は湖へと行く。
そんな様子を見ながら、三蔵は面倒臭そうに口を開いた。
「おい、河童。そのシケた面をどうにかしろ。悟空に言われるとは終わりだな。」
「――うるせぇよ。」
「三蔵。悟浄も。何があったかは知りませんが、いつまでもそんな顔をしてるとこちらもどうしたら良いか分からないんですけどね。」
八戒の言葉に、悟浄はようやく視線を向ける。
「――悪ィ。なぁ三蔵、死んだやつはどうなるんだろうな。」
突然問われた言葉に、三蔵は訝しそうに悟浄を見る。
「何を言ってやがる?人間は死んだら何も無くなる。そう言うモンだ。」
「――厳しい仏僧だな。」
苦笑いを零した悟浄に、三蔵はため息を吐く。
「――仏教的な考えをすれば輪廻転生もあるがな。」
「生まれ変わり、か。」
嗚呼、いっそそれでも良いから。
悟浄がそう願った瞬間、悟空が走りこんで来る。
「三蔵!湖にこの姉ちゃんが倒れてた!」
「はぁ?余計な拾いモンして来るんじゃねぇよ!バカ猿!」
「三蔵!悟空、こちらへ。」
八戒が慌てて近寄るのを、悟浄は横目で見る。
「――あ?!」
そして目に飛び込んで来た女の姿に声を上げる。
そこにいたのは他でもない名前だったからだ。
「名前――?!」
「悟浄?」
八戒を押し退けて名前に近寄る悟浄に3人は目を見開く。
「――輪廻転生、か。」
そっと触れた彼女の頬は温かくて生きているのだと実感する。
「早く目を開けてくれよ。」
悟浄はそう言えば三人の目があるのにも構わず、そっと口付ける。
「あ、悟浄!何して…!」
「悟空!」
声を上げた悟空の口を八戒の手が塞ぐ。
「――ごじょ、う?」
「お姫様は王子様のキスで目覚めるってか?」
「――バカ。」
腕の中で力なく笑う名前に、悟浄は泣きそうな顔で笑った。
「――愛してるぜ、名前。」
それはきっと神様が与えてくれた奇跡。
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HAPPY BIRTHDAY to GOJYO!! 2012/11/09
悟浄さん誕生日おめでとう!!
無理やり感満載な話ですが一応逆トリ⇒トリップになった感じです(笑)
今月一杯フリーです!
お持ち帰りされた方は一言拍手から頂けると嬉しいです。
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