嗚呼――、僕達はきっと儚いと知りながらも今この時を生きて行くしかなくて。
「――跡部先輩。」
「アン?あぁ、苗字か。どうした。」
まるで旅立つ彼らを祝福するかの如く、桜が舞い散る。
きっとここにいるのだろうと生徒会室を訪れたら、やはり彼はそこにいた。
「直接顔を見て言いたくて。卒業おめでとうございます。今まで有難うございました。」
「ふっ。妙にしおらしいな、苗字。いつも威勢の良さはどうしたんだよ。」
筋の通らない事が大嫌いでいつだって自分に物怖じせずに意見をして来た後輩。
跡部から見た苗字名前と言う女は、そう言う女だった。
だからそれが気に入って生徒会長に任命した。
自分の後を渡せるのは、コイツだと確信したからだ。
「――明日から跡部先輩はここにはいないんですね。」
そっと生徒会長の椅子を撫でる。
いつもの元気な名前では無くどこか儚げなその姿に、跡部は一瞬だけ言葉を失いそしてすぐに我に返る。
「そうだな。明日からそこはお前の席だ。」
「私、正直自信が無いです。」
「アン?」
今更何を言い出したのだとばかりに、跡部は眉根を寄せる。
「跡部先輩が築いて来たものを引き継いで行く自信が持てない。」
「随分と弱気だな。熱でもあんのか?」
ククッと茶化すように笑えば、名前が怒ったように言う。
「冗談で言ってるんじゃないんです!」
「知ってる。俺だって冗談でお前にを後釜に選んだ訳じゃない。俺の後を引き継げるのはお前だけだと思った。お前はそんな俺の勘を疑うのか?」
「それは――。」
この男の言葉には説得力があった。
それは持って生まれたカリスマ性なのかは分からないが、彼がそうだと言えばそうなのだろうと思わせる何かがあった。
「――なぁ、苗字。お前が本当に言いたかったのはそれなのか?」
「え?」
ガタンと音がして、名前は驚いて跡部を見る。
立ち上がった彼がゆっくりとこちらへ近付いて来る。
コツン、コツン、
上質な踵の音だけがこの静かな部屋に木霊する。
いつしか喧騒の音でさえも耳に入らなくなり、名前はその場から逃げたい衝動に駆られるが、何故か足はその場を動く事を許してくれなかった。
影が重なる、桜が舞い散る、彼の手が頬に触れる。
まるでそれは切り取ったフィルムの如く、名前の脳内に焼き付いて行く。
やがて彼の手が置かれた頬が、まるで火傷をしたみたいに熱を持った。
「――跡部、先輩。」
名前を呼ぶのがやっとだった。
かつてないぐらいに近くいる彼を見上げれば、いつも付けているコロンの香りが香った。
高級そうで、そして彼らしい匂い。
「俺はもう明日からここに来ないんだぜ?他に言う事はねぇのかよ?」
試すように問われて、名前はギュッと口を結ぶ。
直感的に何を求められているか分かって、名前はけれども何故だか悔しくて下を向く。
「おい。」
「――先輩はずるいです。女から言わせる気ですか?」
その言葉に、跡部は僅かに面食らったように笑ってそして名前の顎を救い上げる。
「――それもそうだな。名前、俺の女になれ。」
「こんな時まで命令ですか?」
「俺らしいだろう?」
その言葉に名前は妙に納得してしまう。
「――はい。」
「ま、分かってた答えだがな。おい、好きって言えよ。」
「――跡部先輩。」
「違う。名前で呼べ。」
ちょっとでも動けば、きっと唇が触れてしまう距離に彼はいて。
悔しいくらいに整ったその顔が、名前の視界を一杯に染めて行く。
「――好きです、景吾先輩。」
「知ってる。」
サァァァ――、と。
開け放った窓から桜吹雪が舞う。
まるで桜の海を泳いでいるようだと、名前は思った。
「先輩は言ってくれないんですか?」
「ば〜か。これからいくらでも言ってやるよ。」
「今、聞きたいです。」
思わず目の前にあった彼のネクタイを引っ張れば、予想していなかったのか彼が思ったよりも近くに来る。
吐息が掛かった瞬間、そっと耳元で囁かれた。
「――好きだぜ、名前。」
――それは、もはや凶器。
留まる事を知らないこの想いは、果たしてどこへ向かうのだろう。
桜吹雪の中で、初めてしたキスは酷く甘かった。
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365日を君と:企画提出作品
AnneDoll:タイトル協力
素敵な企画に参加させて頂き有難うございました。
2012/01/31 天月レイナ