「――痛いの?」

「君は誰?」


気付けば少女が目の前にいた。
心配そうに顔を覗きこんでいて、同時に今の自分の姿を思えば滑稽で仕方なかった。


「お兄ちゃん、痛いの?」

「――痛いよ。心が痛い。」


時折どうしようもなく心が痛くなる。
忍であるが故に、心などとうに殺したつもりでいたのだけれど。
どうしたことか、時折殺したはずの心が顔を現す。
人間だから――、と言ってしまえばそれまでだが。
こんな情けない姿など主には見せられず、佐助はそう言った時には無意識にこの場所を訪れていた。


「――寝てたのか。俺様が気配に気付かないなんてね。」


少女の頭を撫でながら、佐助は笑った。


「お兄ちゃん、ここで何をしてたの?」

「ん〜?サボリ、かな。もうすぐ戻らなきゃ。君は?」

「名前って言うの!薬草を取りに来たんだよ。」

「名前ちゃんか。薬草?」


くるくると良く回る表情を見ながら、佐助は首を傾げる。
僅か10歳ぐらいの少女が薬草と言う言葉を発するには、酷く不釣合いな気がしたからだ。


「うん。お母さんが病気なの。ここで薬草を摘めば治るよってお医者様が。」

「また適当な。薬ってのは煎じなきゃいけないんだよ。名前ちゃんに出来る?」


がしがしと頭を掻けば、佐助は名前に問う。
名前は哀しそうに首を振った。


「私にお母さんは助けられない?」

「――これも何かの縁かな。はい、コレ。あげる。」


懐から懐紙を取り出せば、佐助は名前に渡してやる。


「――?」

「お母さんに飲ませてごらん。この薬草を使う病気なら多分これで治るよ。」


名前の手にあった薬草を取り上げれば、佐助はクルクルと回して遊ぶ。


「本当?!お兄ちゃん、本当に?!」

「本当だよ。お兄ちゃんは魔法使いだから。」


それは贖罪だったのかも知れない。
誰かを殺めた手で、誰かを救おうとしていた。


「何かお礼しなきゃ――!」

「――良いよ。じゃあお母さんに宜しくね?」


佐助が立ち上がれば、名前は慌ててその手を掴む。


「待って!また会える?!」

「――お母さんが治ったら、またここへおいで。」


あれから10年、少女の姿は一度も見かけなかった。











の代















「佐助〜!佐助、おらぬのか?」

「ん〜?旦那ァ?どうしたの?」


屋根の上でサボっていれば下から自分を呼ぶ主の声。
屋根にぶら下がったままで顔だけ出せば、幸村はおぉ!と大袈裟に驚いた。


「お、驚かすでない!」

「見慣れてんのに驚かないでよ。んで?何か用だった?」

「あぁ、そうだ。お前を訪ねて来た女子がいてな。」

「――俺様?」


佐助は意外そうに首を傾げた。
確かに城下に降りた際に、女と知り合いになる事もあるが。
佐助の素性を知る者などほとんどおらず、こうして城まで押し掛けて来ることなどあるはずが無かった。


「人違いなんじゃないの?」

「某が知るか。とりあえず会って来い。会えば分かると言っておったぞ。」


幸村に半ば押し出されるように佐助は仕方なく城門へと向かった。




*******



城門にいたのは、見慣れない美しい女性だった。
いよいよ人違いだろうと佐助は困ったように近付いた。


「――アンタが俺を呼んだ人?」

「はい。あぁ、やっとお会い出来た。」


佐助の顔を見れば、女は嬉しそうに笑う。
けれど佐助はその顔にやはり見覚えが無い。


「あの、さ。悪いんだけど、人違いじゃない?俺様、アンタに見覚えが無いんだけど?」

「それはそうでしょう。あれから10年経ってますもの。顔だって変わっていますわ。」

「10年――?」


女の物言いが酷く気に掛かった。
それと同時に、佐助の胸に忘れていた記憶が蘇る。


「名前でございます、佐助様。お忘れになりましたか?」

「――名前、ちゃん?」

「はい。お約束通り母が完治致しましたので、こうしてご挨拶に伺わせて頂きました。」


女の成長は怖い――、と佐助は心底思う。


「良く――、俺様って分かったね?」

「えぇ、苦労致しました。だって佐助様ってばお名前さえ教えて下さらなかったんだもの。」


クスクスと笑う名前に、佐助は困ったように頭を掻く。


「――まぁ、一応忍だからね。」

「はい。あれからずっと貴方を探しておりました。丁度1年ぐらい前に、城下でお姿を一度だけお見かけしましたの。」

「声掛けてくれたら良かったのに。」

「半信半疑でしたので。それにあの時は母がまだ完治していなかったものですから。」

「――お母さんは?」

「お陰さまで。もうすっかり。」

「そう。良かったね。」


何だか妙な気分だった。
知っている少女のはずなのに、まるで知らない女だった。


「――ずっとお礼が言いたかった。有難うございます。」

「やめなよ。――人殺しが起こした気まぐれだ。礼を言われる事じゃない。」


燻っていた何かが佐助の中で爆発する。
けれども名前はその手をそっと握った。


「それでも――。貴方のこの手は私に取っては救済でした。それは真実です。」

「――有難う。」


夕焼けの中、少しだけ何かが芽生えた気がした。


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Endless Tales:企画提出作品
赤い靴:ハンス・クリスチャン・アンデルセン
素敵な企画に参加させて頂き有難うございました。


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