「泣かないの?」

「泣くと言うのは人間の感情だろう。」

「じゃあ三成が泣くべきよ。」

「訳が分からん。」


三成は返答に困っていた。
この女は人間であるが故に、人間である事を嫌がった。
嫌い、哀しい、寂しい、そんな感情を持て余しているのだとそう言った。
それはアンドロイドである私には分からない感情だと言うのに。
彼女は私にそれを強要した。


「――名前。お前の感情は私には分からん。」

「知ってる。だから私が教えてあげる。」


名前の身体を病魔が蝕んでいた。
彼女は自分が死ぬ事で私が泣く事を望んでいた。


「ねぇ、私の為に泣いてくれる?」

「――名前は私を置いて逝くのか?」

「そうね。これが永遠の別れと言うのなら。私は貴方を置いて逝くのだと思う。だって貴方は私を追えないでしょ?」


そっと頬を撫でられたその手はきっと暖かいのだろう。
だがその暖かさは残念ながら感じる事が出来なかった。


「お前は私に追って欲しいのか?」

「まさか。そんな事より私の為を思って泣いて。それが一番の餞だから。」


そう言って名前は静かに私に口付けた。
ポタリ――、と。
自分の目から何かが落ちた事に気付くのに時間が掛かった。












機械が邪をする、キス
















名前が逝ったのは雪の降る寒い日だった。
私の身体は何故かその日に限って酷く軋んでいた。


「――?」


身体が軋む、否――。
痛いのか寒いのか、今まで感じた事の無い感覚だった。


「やれ、三成。葬儀は終わったのか?」

「刑部。あぁ。人間など儚く脆いものだな。」

「そうよの…。どうした?」

「――身体が軋む。何だ、これは?」


いつもの三成と違う様子に、吉継はまさかと思った。


「――三成。お前、名前と唇を合わせたか?」


その問いに三成は静かに頷く。


「やれ…。あの女は余程、お前を好いていたと見える。」

「どう言う意味だ?」

「掟ゆえ、ぬしは知らぬだろうな。アンドロイドを持つ人間が唯一死ぬ前に一度だけ犯す事の出来た禁忌。」

「犯す事の出来る禁忌、だと?」


言っている意味が分からなかった。
禁忌は犯す事が出来ぬが故に、その呼び名になったのでは無いのか。


「――自分の命と引き換えにアンドロイドに命を与える。契約が為せる技だ。」

「な、に?それでは名前は自分の命を私に渡したと、そう言う事か?!」

「さよう。現にぬしは今、『寒い』と言う感覚を感じている。違うか?」

「――これが、寒い?」

「やれ。気付かぬか、三成。お前の目から涙が溢れておるわ。」

「何?!」


吉継の言う通りだった。
ポタリ、ポタリ、
それはまるでとめどなく溢れ出て、胸を締め付けた。


「刑部――。この感情は何だ?!」

「それは『哀しい』と言う事よ、三成。ぬしは名前を失って哀しいのだ。」

「私が哀しんでいる――、だと?!」


世界が急激に暗転を始めた気がした。
感情が溢れ出したこの世は色付いたようで、そして時にとても残酷だった。


「私は――、どうしたら良い?あの女を失ってこの哀しみをどうしたら良い?!」

「それに答える術を我は持たぬよ。ぬしの中の名前に問うしかなかろ。」


既に言葉を発さない女に何を問えと言うのか。
三成は答えを求めて棺を開ける。


「――バカもの。」


そこには本来であれば、焼けた人間の骨があるはずなのに。
残っていたのはバラバラになった機械だった。


――果たして人間とは、どちらであるのか。



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