愛していると言葉を紡ぐのは滑稽だと思っていたけれど、実は愛しているとさえ言えない自分が一番滑稽だと気付いたのは一体いつの事だったのだろう。
「――三成。じゃあ行くね。」
名前は黙ったまま座っている三成の後姿に、静かに言った。
「――どうしても行くのか。」
声が震えないようにするのが精一杯だった。
名前の方を向く事は出来なかった。
「――うん。」
「そうか。」
沈黙が流れる。
この空気が酷く気まずくて名前の次の言葉を待つしか出来なかった自分はどれ程意気地無しなのだろうか。
そんな三成の心中を余所に、名前は口を開いた。
「最後まで三成は私を見てくれないのね。」
「名前?」
どこか哀しそうな名前の言葉に、三成は思わず後ろを振り向く。
その瞬間、目に入ったのは涙を浮かべたまま微笑む名前の顔だった。
「――名前?」
何故目の前の女は泣いているのだろう。
今から彼女には幸せが待っていると言うのに。
何故彼女の目からは涙が溢れているのだろう。
その理由は三成にはどうにも分かりそうになかった。
「さよなら、三成。――世界で一番愛してた。」
「――ッッ?!」
名前はそれだけ言えば、部屋を後にする。
三成はまるで金縛りに遭ったかのように、その場から動けないでいた。
疲弊した愛は捨てましょう「名前が私を――?」
自分で紡いだ言葉の意味が判らなかった。
ならば何故彼女は他の男の元へと嫁ぐのか。
さっぱり理解が出来なかった。
「追わぬのか?」
名前と入れ違いに入って来た吉継の言葉に、三成は顔を上げる。
「名前が私を愛していると言った。」
「さようか。」
「では何故あの女は私ではない男の元へ嫁ぐ?」
「さて、な。ぬしには分からぬか、三成?」
「分からんから聞いている!」
感情のままに声を荒げる三成に、吉継はため息を吐く。
「それが分からぬならぬしは本物のうつけだな。女は何も与えぬ男を待てる程強くない、そう言うことだ。」
「――お前の言う事は分からん。」
「ならば直接名前に聞くが良い。早く行かねば行ってしまうぞ?」
「チィッ!」
その言葉に飛び出した三成の後姿に、吉継はやれやれとため息を吐いた。
「名前!」
「――三成?!」
城門を出る直前の名前を引き止めれば、三成は感情のままに名前を抱き締めた。
「みつ、なり?!」
「行くな。――私の事が好きなら側にいろ。」
「何、を?」
名前は思考回路がついて行かず、グルグルと目まぐるしく回る感情を持て余していた。
「お前の言う事も刑部の言う事も良く分からん。だが私の事が好きなら側にいろ。他の男に輿入れするなど認めぬ!」
「今更――!今更、何よ?!遅いのよぉ!」
随分と身勝手な三成に、名前は泣きながら訴える。
胸板を叩いたところで三成は離すどころか益々強く抱き締めた。
「どうやら刑部に言わせれば、私がうつけらしい。だがまだ遅くない。だってお前はまだ私の腕の中にいるのだからな。」
「――輿入れするって準備も整ってるのよ。どうするのよ?!」
「知るか。私の名前でそんなものは潰してやる。」
「横暴ね。石田三成は暴君だって噂が流れても知らないから。」
「構わん。――名前。二度は言わん。側にいろ。」
「――ご命令ならば。」
「違う。命令では無い。お前の意志で側にいろ。」
ようやく名前を離した三成がジッと見つめて来る。
「――はい。」
その様子を吉継が遠くから見守っていたのを二人は知る由も無い。
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かか゛みのトビラ:みどりさまへ。
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