今宵も月光が降り注ぐ。


あの人はまた来るのだろうか。


あの月光に負けない程の光を放つ、金糸の髪を靡かせて…。
















「名前!お客様だよ。」

「はい。」


桃源郷随一の遊郭と称される『月光楼』

名前はそこの看板花魁であった。

しゃらん、しゃらん。

歩くたびに頭の髪飾りが音を立てる。


「お待たせ致しました。」


優雅な所作で襖を開ければ、やはりそこにいたのは『彼』だった。


「名前…。早く酌をしろ。」

「はい。三蔵様。」


第31代目唐亜玄奘三蔵法師。

彼はそう名乗った。








−1ヶ月前−


「ちょっと!離して下さい!」

「そうつれないこと言うなよ。アンタ知ってるぜ。月光楼の看板花魁だろ?たまには俺たちみたいな庶民の相手もしてくれよ。」


お使いを頼まれた名前は見事にチンピラに絡まれていた。


「だったらお店に来て下さい。そしたらお相手しますから!」

「バ〜カ!あんな高いとこ行けっかよ!」

「おい、連れてくぞ!」


男の一人が名前の腕を掴む。


「ちょっと嫌!離してよ!」


周りの野次馬は同情の眼差しで名前を見るが、誰一人として彼女を助けようとはしない。

そんな中、渇いた銃声が辺りに響き渡った。


「な、なんだ?!」


どこからともなく放たれた銃声に、男たちにどよめきが走る。


「…ったく。下衆共が。いちいち俺の管轄内で面倒臭ェこと起こすんじゃねぇよ!」

「誰だ、てめぇ!」


野次馬を掻き分けて現れたのは、キラキラとまるで月光の如き光を放つ金糸の髪を持った僧侶であった。

けれどその口から放たれたのは、おおそよ僧侶に似つかわしくない言葉。


「俺は今機嫌が悪いんだ。死にたくなけりゃさっさと失せるんだな。」

「んだと、この似非坊主!」

「…死ね。」


男たちの言葉にカチンと来たのか、僧侶は何の躊躇いもなく引き金を引く。

運良く銃弾は頬を掠めただけだった男たちは一目散に逃げ出した。


「…あ、あの。有難うございました。」


名前は慌てて僧侶の下に行く。


「…別に。」


それだけ言えば僧侶は踵を返して歩き出した。


「ま、待って!あたし、名前って言います!そこの月光楼で働いてるんですけど、何か御礼を…!」


このままと言うにはどうしても名前の気持ちが許せず、思わず引き止めてしまう。


「…俺は先を急ぐんだ。…気が向いたら行ってやる。…名前。」


それから三日後。

彼は雨の日に現れたのだ。

雲で見えない月の代わりに、自らが月光を放つかのように。








「…名前?何を考えている?」


ぼうっと空を見上げている名前に三蔵は首を傾げる。


「色々…、です。三蔵様と出会った時のこととか。」

「ふん。随分と感傷深いことだ。他には?」


酒を口にしながら三蔵は自嘲気味に笑う。


「…他、ですか…。そうですねぇ。三蔵様は何故、私を抱かないのか…とか?」

「………。」



名前の問い掛けに、三蔵は黙ったままだった。

三蔵は決して名前を抱かなかった。

それこそ頻繁に店を訪れるが、酒を飲んでそれで終わりだった。


「…俺は、坊主だからな。これでも。」


わざとらしく理由付ける三蔵に、名前は苦笑する。


「ご冗談を。あれだけの破戒僧が戒律を気になさるんですか?」

「…酷い言われようだな。」


名前の毒舌に三蔵は軽く面喰らう。


「…あら、嫌だ。雨が降って来ましたね…。」


不意に外を見ていた名前が雨に気付く。

三蔵は静かに杯を置けば、名前を組み敷いた。


「…三蔵、様?」


突然視界が回ったかと思えば、紫暗の瞳が目の前にあった。


「…怖いんだよ。」

「…え?」


普段の三蔵なら絶対に口にしないであろう言葉に、名前は目を丸くする。


「…俺は今まで大事なモノは作らないようにして来た。俺が大事だと思ったモノは全て失って来たからな。」


淡々と聞こえる声音の奥にある哀しみが名前には聞こえる気がした。


「…だから私も失う、と?」

「…ふん。笑いたきゃ笑え。」


相も変わらず横柄な態度の三蔵に名前は苦笑しつつ彼の首に手を回す。


「…愛しています、三蔵様。」

「…あぁ。」






それは初めて二人が繋がった日の出来事。

雨は上がり、月だけが見ていた物語。



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相互リク
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