俺を綺麗な思い出にして欲しいだなんて言わない。
寧ろ綺麗な思い出のまま風化させてしまうぐらいならば、俺を憎んでしまえ。
そして心の奥に刻み付けてそして一生忘れられない傷にしてしまえば良い。













「名前、別れてくれ。」

「――何の冗談?ロー。今日はエイプリルフールじゃないわ。」


名前の瞳が信じたくないと言うように歪んだ。
嗚呼――、俺はコイツのこの歪んだ瞳が昔から好きだった。
普段は真っ直ぐに俺を見つめるのに、時折歪めるその瞳は酷く征服欲を煽った。


「俺が冗談なんか言うと思うか?」

「――どうして?」

「どうして、だと?理由を聞いてどうなる?」


わざと抑揚の無い声で言えば、名前は震える声を抑えて言う。


「理由を説明して。じゃないと別れない。」


泣けば良いのに、この女は絶対に泣かないと分かっていた。
女の涙は武器だと言うけれど、名前は一度だってその武器を俺に対して使った事は無かった。
それは名前のプライドなのかは分からないが、俺はコイツのそう言うところに惚れていたのかも知れない。


――だから、俺は一生に一度の嘘を吐く。


「――面倒臭ェな。お前が嫌いになったからだ。」

「――ッッ?!」


意地でも涙を流さない名前を愛しいと思う反面、憎らしくもあった。
こんな事になってもお前は俺の前で涙を流すのを拒むのかと、そう心の中で思った。


「――分かった。今まで有難う、ロー。」


それだけしか言わなかった。
パタンと閉まったドアに、俺は苦笑した。


「ちょっとぐらい縋ってみせろよ、バカ。」


何を望んでいたのか、自分でも分からなかった。
例えば名前が縋って来たとして。
その手を取ってやる余裕なんて今の俺にはない癖に。
身勝手な自分の感情に酷く腹が立った。



*********


「キャプテン。本当に名前は置いて行って良いのか?」

「愚問だな、ペンギン。アイツは女だ。俺のくだらねェワガママに付き合わす訳には行かねェよ。」

「それはそうだが…。」


言い難そうなペンギンの肩を叩けば、ローは笑った。


「心配するな。今頃、アイツは俺を世界で一番憎んでる。」

「――本当にバカだな、キャプテン。もうちょっと上手に別れろよ。」

「良いんだ、これで。忘れるぐらいなら憎まれた方が良い。」

「――ガキだな、キャプテン。」


その言葉は最もで、ローは静かに手を上げた。


「――出航だ。」


その言葉を合図に、船は島を出る。
ローは一度だけ島の方を振り返った。


「――じゃあな、名前。愛してる。」


決して届く事の無い愛の言葉を紡いだのは、それが最初で最期だった。













上手な別れ方














「――バカね。憎んでなんてやらないわ。」


名前は小高い丘から去って行く船を見ながら呟いた。
ポロポロと零れて行く涙を拭う事も無く、ただその一点を見つめていた。


「嘘が下手よ、ローは。」


あの人はきっと気付いてない。
嘘を吐く時に、視線が斜め左上を泳ぐ事を。
だからその嘘を信じた振りをした。
この別れはあの人が私の為に下した決断だと分かっていたから。


「――あの時、私が泣いて縋ったら連れて行ってくれた?」


答えなど無いと分かっていても問わずにはいられなかった。
例えその答えは一生得られないとしても――。




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Love!:企画提出作品。
素敵な企画に参加させて頂き有難うございました!
2011/09/17 天月レイナ


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