美しいものなど、もうこの世界には無いのだと思っていた。
だって秀吉様はもうこの世からいなくなって、私の世界は全てを失ってしまった。
まるで色を持たない白黒の世界。
声はまるで雑音、右から左へ流れて行くだけ。
腹が空くと言う感覚すら忘れてしまったかのように、私の身体は何も欲さない。
けれど栄養が足りていないから、時折立ちくらみがする。
唯一その苦痛が私をこの世に繋ぎとめる糧だと、そう思っていた。


「――三成様。探しましたよ。こちらでしたか。」

「…何だ。」


現れた女の姿に、三成はため息をつく。
彼女は昔から秀吉の城に仕えていた女中で、あの半兵衛とも言い合えるような仲だった。
三成がいくら冷たくあたろうとも全く物怖じしないその存在は、いつしかモノクロだった彼の心の中に少しだけ色を灯し始めた。


「何だ、ではありません。夕食の時間でございます。」

「私は食べぬと言っているだろう。」

「それでは困ります。そんな痩せ細った身体で戦に出たらすぐに死んでしまいます。」

「勝手に殺すな。私は家康を殺すまでは死なん。」


三成の生きる意味は既にそれしか残されていなかった。
憎き家康を討つまでは死ねない、と。
それだけの憎しみのみで生きて来た。


「――家康殿を討った後はどうなさるおつもりです?自ら命を絶つつもりで?」

「何――?」


抑揚の無い声で問われ、三成は瞠目する。


「家康殿を討つのが生きる意味と言うのなら、それで宜しいでしょう。けれどその後の貴方様には、一体何が残ると言うのです?」

「貴様――!」


思わずカッとなって女の手を掴むが、女はビクともしない。
ただ真っ直ぐな瞳で見つめて来るものだから、三成はいたたまれなくなって目を反らした。
――いや、反らそうとした。
けれど、出来なかった。


「――私を見て下さいませ、三成様。目を反らさないで。私は貴方様のお側にずっといたのですよ。」

「――お前、は。」

「知っていました。視界には入っていても、貴方が私の名前すら覚えて下さっていない事も。でもそれでも良かった。お側にいられるのなら。」


掴んだ手首をどうするべきか迷った。
抱き寄せるべきか、引き離すべきか。
今の三成にはそれさえ分からなかった。


「――私、は。」

「三成様。生きて下さいませ。お願いです。私はこれ以上、何も失いたくないのです。」


その言葉に、三成は世界が色を取り戻した気がした。
全てを失ったと思っていたのは、自分だけでは無かったのかも知れない。














世界の白にしい物を埋めて















女の涙が美しいと思ったのはきっと初めてだった。
ポロポロ、ポロポロと。
とめどなく溢れる涙を拭いながら、女の名を呼べない事が酷くもどかしかった。


「――貴様、名は何と言う?」

「…私は――。」


紡がれた名は、やがて私の生きる意味となるのだろう。


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花吐き:企画提出作品
戦国BASARA:石田三成
二度目の参加ですが、また参加させて頂き有難うございました!
2011/08/15 天月レイナ拝


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