今宵も夜の帳が降りて来る。
俺はいつものように足が赴くままに、その場所へと足を向けた。


――遊郭。


現を忘れて一時の夢を見る場所だと俺は思っている。
そこで出逢った一人の女に俺は恋をした。
夢か現か――、それは俺にも分からなかった。


「左之はん。今日もいらしたんどすね。」

「よぉ。お前は今日も綺麗だな。」

「嫌やわ。褒めても何も出ないどすよ。」


クスクスと笑う彼女の顔を弄びながら、耳元で囁く。


「なァ、京弁はやめろよ。」

「…左之さんの前だけですからね。」


彼女は江戸の人間なのだと知った。
何度も何度も通い詰めてそしてようやくそのなまりを外すところまで行きつけた。


「外に出たいか?」

「――それは意地悪な質問だわ。」

「はは。悪ィ。」


俺の腕の中にいるこの女は確かに今は俺のものなのに、明日は違う男のものになる。
その事実が酷く歯痒くてやり切れなかった。


「――なァ。」

「左之さん。私、身請けされることになったの。」

「え…?」


紡がれた言葉に、俺は意味が分からなかった。


「相手は江戸のお武家様。江戸に帰れるのよ、私。」

「そうか…。――良かった、な。」


その言葉を紡ぐだけでも精一杯だった。
その夜、俺は彼女を一晩中抱いた。
きっと手酷くしてしまったかも知れない。
だけど思考回路が働かず、頭の中は色を失ったかのように真っ白になった。







色にすべてをわれて










――恋をした。
柄にも無く、立場も考えずに、私は愚かな恋をした。


――遊郭。
生きる為に女が春を売る偽りの極楽。


そんな場所で生きる偽りの私を現実に戻してくれる男がいた。
彼は名を原田左之助と言った。
赤い髪が印象的な彼は何度も何度も私を指名してくれて、いつの間にか仕事中は絶対崩さないと誓っていた京弁さえも取り払ってしまった。


愛しいと思う反面、怖いと思った。


だって彼に会う度に想いは大きくなって、そして燻る想いが強くなって行くのだから。



「外に出たいか?」


彼の言葉は残酷だった。


「――それは意地悪な質問だわ。」


声が震えた気がした。
彼が何を考えているかは分かっているつもりだ。
けれど、それは罪。
花魁を足抜けさせると言う事は死罪に値する。


「――なァ。」


やめて、言わないで!


「左之さん。私、身請けされることになったの。」


やっとの思いで出て来たのは真っ赤な嘘。
けれど私にはこれが精一杯だった。
愛しい貴方を守る為、今夜私はたった一度の嘘をつく。
――たとえ、それで貴方を永遠に失うとしても。


「相手は江戸のお武家様。江戸に帰れるのよ、私。」


嗚呼、上手く笑えているのだろうか。


「そうか…。――良かった、な。」


左之さんの顔が歪んで行く。
その顔に自惚れても良いのだろうか、と。
そう思った。

その夜は彼にしては珍しく乱暴に私を抱いた。
それで良かったのだ。
忘れられないぐらいに『彼』と言う存在を刻み付けて欲しかった。


間もなく夜が明けて、夢から覚める。






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愛嘘:企画提出作品。
(薄桜鬼:原田左之助)
素敵な企画に参加させて頂き有難うございました。

2011/07/28 天月レイナ


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