軽い言葉で愛を紡ぐより、

痛いくらいの想いで縛り付けて。



そう望むのは、

可笑しい事ですか?















「知盛〜!知盛ってば!聞いてるの?」


良く晴れた日曜日。

名前は有川家にいた。

春日名前。

望美の姉である。

彼女と知盛は恋人同士だった。

当然名前は日曜日ぐらい恋人である知盛と出掛けたいのだが、当の本人はベッドの中から起きてくる様子すら見せない。

知盛の今の恋人は間違いなく布団であった。


「ちょっと知盛!聞いてるの?」

「ウルサイ…。」


ようやく口を開いたかと思えばコレだ。

流石の名前の堪忍袋も限界を迎えた。


「もう良いわ!アンタなんか一生布団と仲良くしてれば良いじゃない!あたし将臣と出掛けて来るから!じゃあね!」


一気に捲し立てれば、名前は知盛の部屋を後にした。


「…何でそうなるんだ。」


残された知盛は面倒臭そうに布団の中から顔を覗かせて呟いた。


「行くわよ、将臣!」


凄い剣幕で詰め寄って来る幼馴染に将臣は内心ため息をつきながら両手を上げた。


「へいへい。お供しますよ。」

「お姉ちゃん、知盛は良いの?」


譲とお菓子を作っていた望美が問い掛けて来る。


「知らないわよ、あんな奴。譲!毒薬でも仕込んで食べさせてやりなさい。」

「…俺が殺されると思うよ、ソレ…。」


無茶な注文を言う名前に譲は顔を引き攣らせた。

一方。

知盛はと言うと、名前が怒った理由について考えていた。

彼にして見れば折角の休み。

名前を一日独り占め出来る絶好の日なのだ。

だから部屋でゆっくり二人でいたいとそう考えていた。

けれど名前は外にばかり行きたがる。

そんなに自分と二人が嫌なのかと正直思ったぐらいだ。


「…女と言うのは分からぬ、な。」


自嘲気味に呟く知盛を、後ろで笑う声がする。


「…重衡。何が可笑しい?」

「失敬。遊び人と謳われた兄上もついに年貢の納め時ですね。」


嫌味を言う時でさえ優雅なのだ、この男は。

血縁関係がある分、知盛は余計にそれが腹ただしかった。


「…兄上も名前殿も、想いは同じでしょうに。言葉が足りぬ故、すれ違うのでしょうね?」


全てを見透かしたように言う重衡に知盛は薄くため息を吐いた。


「…アイツが勝手に怒っているだけだ。俺は知らん。」


意固地になる知盛に、重衡の中に悪戯心が芽生える。


「そうですか。それでは兄上が意地を張っている間に名前殿は私が頂くとしましょう。」

「…貴様!」


重衡の言葉に眉根を寄せるが、本人は何処吹く風のようにその場を後にした。









その晩。

夕食の時ですら、名前は一切知盛と口を利かなかった。

その為、知盛の苛々は増幅するばかりだった。


「名前殿。良い月の夜ですし散歩などいかがですか?」


満面の笑みを浮かべた重衡が名前に問い掛ける。


「重衡…。良いわね、散歩。行きましょうか。」


一度だけ知盛を見るも視線さえこちらに寄越さない彼に、名前は思わず承諾してしまった。


「では行きましょうか。」


重衡は知盛に一度視線をやったあと、名前を伴って部屋を出た。


「……ッチ。」


終始だんまりを決め込んでいた知盛だったが、二人が部屋を出てすぐにその後を追う。

そんな彼らの様子を将臣や望美達は、楽しそうに見つめていた。


「ありがとね、重衡。あたしに気を遣ってくれたんでしょ?」


散歩をしながら不意に名前が言う。


「違いますよ。私が名前殿と二人になりたかっただけです。」


ニッコリと笑って言う重衡に、名前は思わず苦笑する。


「…そうやって知盛も言葉にしてくれたら良いのに。」

「…悪かったな。」


静寂に紛れてするはずのない声がする。


「知、盛…?!」


突然現れた知盛に名前は目を白黒させる。

知盛はおもむろに名前の手を取ると来た道を歩き出した。


「ちょ、ちょっと知盛!」


困ったように重衡を振り返れば、彼は笑顔で手を振っていた。

その様子に知盛が追って来る事もお見通しだったのだと名前は痛感する。

そのまま知盛は名前を自室へと連れ帰る。


「…面倒臭い。」


部屋へ戻った知盛はベッドに名前を投げればそう呟く。


「何よ…!悪かったわね、面倒臭くて!」


いきなり浴びせられた言葉に、名前は涙を浮かべる。


「…違う。お前を怒らせてばかりの自分が面倒だと言ったんだ。」

「…え?」


思いがけない知盛の言葉に、名前は目を丸くする。


「…名前。俺は言葉が足りない…。だからお前をいつも不安にさせるのだろう…?」


ポツリポツリと零す知盛の本音に、名前は自然と怒りが薄れて行く。


「…だが忘れるな。俺が愛しているのは名前…。お前だ。」


そう言えば、知盛は名前をギュッと抱きしめた。


「…知盛のバカ…。そんなの分かってる…。…あたしこそゴメンね?怒ってばっかりで…。」


背中に手を回せば名前は申し訳無さそうに呟く。


「…お互い様、だな。」


知盛の言葉に名前は思わず噴出してしまう。


「そうだね…。ね、知盛。今日はこのまま一緒に寝ようか?」

「…あぁ。お前が横にいると良く眠れる…。」


それだけ言うと、二人は仲良く眠りに付いた。













◆オマケ◆

将『ま〜ったく。中学生の喧嘩かよってんだ。』

重『仕方有りませんよ。兄上は今までちゃんとした恋愛をしていないんですから。』

望『え?そうなの?!』

譲『これだから貴族は…。そういうアンタはどうなんだ?』

重『私は勿論、神子様に恋をしておりますよ?』

望『し、銀ってば!』

そんな会話が繰り広げられていたのは、また別のお話。




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