昔、愛した男がいた。
その男は私の事を愛していると言っていたのに、ある日突然私をこっぴどく振った。
何て酷い男!と泣きながら別れた後、実は不治の病に掛かっているのだと知った。
そして気付いた時には男はもうこの世にいなかった。
今ならばそれが彼の優しさだったと分かるのに、あの時の私にはそれを理解する事が出来なかった。
それは何て浅はかで、何と幼い愛情だったのだろう。
「――総司。」
男の名前は沖田総司。
誰よりも剣が強くて、負けず嫌いで、意地が悪くて、でも誰より優しかった。
そんな彼は壬生狼と恐れられた新撰組の一番隊組長だった。
誰よりも死に近い場所に在りながら、誰よりも生きる事に執着した男は、その剣とは別の場所で死んで行ったのだ。
「…分からないの。泣けば良いのか、恨めば良いのか。剣で死んだのなら良かったねって言えるのにね。」
ミンミンと蝉がうるさい。
こじんまりとしたお墓の前で、私は静かに手を合わせる。
「動乱も終わったよ。総司はこれを望んでた?」
まだ彼と一緒にいた頃、平和を望みながら彼は平和を恐れていた。
剣にしか生きる意味を見出せない総司は、平和になった世界で自分が生きる意味はあるのだろうかと恐れていた。
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『平和は嫌い?』
『そんな事ないよ。平和な世界で君と二人生きて行けたら良いと思う。でも時々思うんだ。僕は剣しか無いから。例えば平和になったとして剣を持つ事が罪になるとしたら。その先に僕が生きる意味はあるのかな?』
笑顔だったけれど、握った総司の手は震えていた。
『じゃあ、私はそんな総司の生きる意味になってあげる。』
『――有難う。』
それは必ず叶うと信じていた約束。
あの時どこか哀しそうに笑った総司は、恐らく既に自分の死を知っていたのだと思う。
それから別れを告げられたのはすぐだった。
『――僕と別れて欲しい。』
『な…、んで?ねぇ、総司!何でよ?!急にどうしたの?!私の事が嫌いになったの?』
『そうだよ。もう僕に君はいらない。』
『そんなの嫌!総司!』
『――サヨナラ。』
それだけ告げて去って行った貴方はどんなに叫んでも振り返ってはくれなかった。
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「…あの時、どんな気持ちだった?」
バシャッと墓に水を掛けながら問うが、勿論答えなど帰って来ない。
「勝手に一人で抱えて、勝手に一人で格好付けて…。本当バカみたい。」
優しさは時に残酷だと教えてくれたのは、他でも無い貴方だから。
「ねぇ、総司…。死ぬ時には私を思いながら死んでくれた?」
そっと墓石を撫でれば、夏の日差しと先程掛けた水のお陰で心地良い温かさだった。
「――なんてね。いつか私もそっちに行ったら問い詰めてあげる。」
きっと彼は悪戯が成功した時のような無邪気な笑みを浮かべて待っているのだろうから。
追憶の果てに、愛をなぞる唯一つハッキリしているのは、私が死ぬ時は必ず総司の顔を思い浮かべるのだろうと言うこと。
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花吐き:企画提出作品。
(薄桜鬼:沖田総司)
素敵な企画に参加させて頂き有難うございました。
2011/07/26 天月レイナ拝
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