その報せが届いた日、私は珍しく夜中に目が覚めた。
それは虫の知らせ――、と言うべきか。
とにもかくにも何とも言えない胸騒ぎに寝付けなかった。
「名前様!名前様、どちらにいらっしゃいます?!」
「どうしたの?」
明け方の城内に女中の声が響く。
やはり何かあったのだと、名前は女中に声を掛ける。
「名前様!殿が!…政宗様が負傷されました!」
「――ッッ?!」
何かが足元から崩れて行く気がした。
「政宗様が――?!」
「詳しい容態は分かりませんが、戦にて負傷されたとのこと。間もなくお戻りになられます!」
「分かりました!早く薬師を呼んで!」
今すぐにあの人の元へ飛んで行きたい。
あの人の口癖では無いが、いっそ鳥になれたら良いのにとさえ思った。
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一刻程して帰還した伊達軍は疲労困憊と言った状態で、今回の戦の悲惨さを物語っていた。
「政宗様!小十郎、政宗様は?!」
政宗を担いで現れた小十郎を見れば、名前は一目散に駆け寄る。
「名前様。お静かに願います。応急処置は済んでおりますが、すぐに手当てをしなければ。薬師は?」
「既に手配しております、こちらへ。」
「助かります。」
見るからにぐったりとしている政宗に名前は抱き付きたい衝動に駆られるが、どうにかその想いを封じ込めて部屋へと案内した。
「…医師。政宗様のご容態は?!」
「名前様、ご安心下され。応急処置が良かったのでしょう。後は意識さえ戻れば問題有りません。」
「良かった…。」
静かに眠っている政宗の手をそっと取れば、名前はようやく涙を見せる。
「名前様…。申し訳ございません。この小十郎がしっかりと政宗様をお守りしていれば…。」
「止めなさい、小十郎。そんな事、政宗様は望んでいないでしょう?それより貴方も手当てをしないと。」
「いえ、大丈夫です。名前様はどうか政宗様のお側にいて差し上げて下さい。目が覚めた時に貴方の顔が見えないと機嫌を損ねてしまいますから。」
「――有難う。」
再び政宗の手を握った名前を見て、小十郎と薬師はそっと部屋を後にした。
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「…ッ。」
「政宗様?!お気が付かれましたか?ご気分はいかがです?」
「名前――?俺はまだ夢を見てるのか?」
「夢では有りません、政宗様。ご無事で良かった…。」
汗ばんだ額をゆっくりと拭ってやれば、ようやく政宗の隻眼が名前を捕える。
「――意識を失う寸前に、お前の顔が浮かんだんだ。あぁ、俺はまだ死ねないって…。」
「当たり前です…。私を置いて逝くなんてそんなの許さないんですから…。」
「Sorry,泣くなよ。名前――。」
「これは…、嬉し涙だから良いんです…。」
「Ha,そうかよ…。」
そっと起き上がって彼女の腕を引き寄せれば、確かな温もりが手の中に伝わって来て帰って来たのだと実感する。
「なァ、名前――。」
「はい?」
「俺はお前に伝えなきゃならない事があるんだ。」
「あら、偶然ですね。私もです。」
何だか思っている事がお互いに読めてしまって、名前と政宗は顔を見合わせてクスクスと笑う。
「――愛してるぜ、名前。」
「はい、私もです。絶対に目を覚ましたら、貴方に愛してると伝えたかった…。」
「似た者夫婦だな、俺ら。」
「良いでは有りませんか。こうして目を見て伝えられる事が幸せだとつい忘れてしまうのです。」
「そうだな。」
再び名前を抱き寄せて、政宗はあやすように背中を叩いてやる。
彼女の心臓の音とやがて自分の心臓の音が重なり合って、一つになる瞬間が心地良い。
今、俺と彼女は間違いなく同じ音を刻んで同じ時を生きているのだから。
「名前。俺はまた幾度となくこうやってお前に心配を掛けて泣かすんだろう。でも絶対に俺はお前の側に帰って来るから。だからお前は泣いた後は、笑って愛してると言ってくれ。」
「はい、政宗様。」
愛してると言ってくれ「――さて、寝るか。」
「…何もしませんからね?」
「Shit!久し振りの再会だぞ?!」
「怪我人が何言ってんですか!大人しく寝て下さい!」
(そんな貴方が世界で一番何よりも大事なんです、)
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相互記念御礼
『
かか゛みのトビラ』:みどりさまに捧げます。
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