毎夜、見る夢は切なく甘い夢。
俺はいつも暗い海を泳いでいるのだ。
もがいて、もがいて、もがいて――。
そして溺れる。
「…Shit…、今宵もか。」
足が覚束ない中、政宗は自嘲気味に笑った。
このまま溺れるのも一興か――。
どうせ苦しくなって意識を失ってしまえば、目が覚めてしまうのだから。
「…お前がいなくなってからか。名前――。」
あの日から、俺はこの夢に魘されるようになったのだ。
ふ、と。
目を閉じた瞬間、何か暖かい感覚に包まれる。
「…Ah?」
閉じた目を再び開ければ、政宗は我が目を疑った。
そこにいたのは、焦がれて焦がれた名前の姿だった。
「…名前?」
「はい、政宗さま。名前にございます。」
政宗は震える手で、名前の髪に触れる。
その手は確かに、名前を抱き締めた。
「…暖けぇ。」
「ふふ。変な政宗さま。当たり前ではないですか。私を抱き締めていらっしゃるんですもの。」
クスクスと名前が笑えば、政宗はきゅうっと胸の奥が痛んだ。
「――名前。俺は、ずっとアンタに言いたかった事があるんだ。」
「はい?何でございますか?」
頭を撫でれば、気持ち良さそうに目を細めながら名前が問う。
その声は酷く優しくて心地よくて。
政宗は何故だかとても泣きたい気持ちになった。
「――好きだ。アンタが世界で一番、誰よりも。」
その言葉はずっと言いたくて伝え切れなかった言葉。
口に出してしまえば、一言であったのに。
何故あの時の俺はこの一言が言えずに、この手を手放してしまったのだろう。
名前の目が僅かに見開かれて、そしてやがて哀しそうに笑う。
「…私も愛していました、政宗さま。」
「…『いました』、か。名前、俺は遅かったんだな。」
名前の姿がゆっくりと消えて行く。
手放したくないとばかりに、政宗は光に包まれる名前の姿を掻き抱く。
「――政宗さま。名前はずっと貴方さまをお慕いしておりました。」
それもまた名前がずっと秘めていた言葉。
たった一言を伝え切れなかった自分たちは、なんと滑稽なのだろうか――。
「――名前。幸せに、な。」
消える直前に紡いだ言葉は、果たして彼女に届いたのだろうか。
けれど確かに彼女は笑っていた。
思ひつつぬればや人の見えつらむ 夢と知りせばさめざらましを「――夢、か。」
夢か現か。
そんな事を思う自分は、酷く女々しいと思う。
「…アイツは幸せにやってんだろうなァ。」
俺の好敵手はいつか恋敵となった。
幼い頃から側にいた名前は、真田幸村の元へ嫁いでしまった。
たった一言が言えなかったせいで。
「…愛してた、か。」
果たして本当に名前は自分を愛していたのか――。
それとも自分の脳が描いたどうしようもない空想なのか。
今の政宗に確かめる術は無い。
「…青臭ェ。」
頬を伝った滴は、きっとやけに眩しかった朝日のせいなのだろう――。
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「恋しく想いながら寝たので貴方が夢に現れたのだろうか。夢だと知っていたならば、目覚めないでいたというのに」
素敵な企画に参加させて頂き有難うございました。
2010/09/12 天月レイナ拝
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