雨が降っていた。
――しとしと、しとしと、
その日はどうにも止まない雨が降っていた。
「…うぜぇ。」
その声は地を這うように唸った。
三蔵が雨が嫌いな事など、この場にいる全員が知っていた。
だがそんな中でも、名前は特に気にした様子も無く窓から手を出して雨と戯れていた。
「…名前ちゃん、風邪引くから戻りな?」
悟浄が声を掛けるが、名前は視線を寄越しただけで動こうとはしない。
「ヤ〜ダ。」
「ヤ〜ダじゃなくて。この上、名前ちゃんが風邪引いたら生臭坊主がキレるワケ、分かる〜?」
可愛い口調で跳ねられ、悟浄は苦笑混じりに側に寄る。
窓を背にして腰掛け、視線を名前に寄越せば彼女は至極嬉しそうに雨と戯れていた。
「…そんなに雨、スキ?」
三蔵の前で余り口にしたくはない言葉だったが、ついつい問い掛けてしまった。
すると名前は首を傾げながら悟浄を見上げる。
「スキよ。だって雨は全て洗い流してくれるでしょう?」
みずたまりと泣いた空――失いたくないものばかりをこの手に抱えていた。
抱えすぎて守りきれず、最期に彼女は全てを失った。
「――ホント、難しいわ。お前ら。」
苦笑混じりに紡がれた言葉に、名前は意味が分からずに再び雨に目を戻す。
ピチャン、ピチャン、
段々と雨音が静かになって来た。
間もなくして、やがて雨が止むのだろう。
「…あ、虹。」
「え?あぁ、ホントだな。」
名前の声に触発されて窓の外を見上げれば、そこには綺麗な虹が広がっていた。
「三蔵〜!こっちおいでよ、虹が出たよ?」
「あ?…虹ぐらいではしゃぐんじゃねぇよ。」
不機嫌そうな顔で言う三蔵の声は、僅かだが声色が高かった。
そんな様子に悟浄は煙草に火を点けながら呟く。
「…ホント、難しいわ。」
「悟浄?何か言った?」
横から見上げて来る名前に、苦笑すればぐしゃぐしゃと頭を撫でてやる。
「わっ!何?!」
「名前ちゃんは男泣かせだなっつったの。」
「はぁ?!」
ぐしゃぐしゃにされた髪を戻しながら、名前は悟浄を恨めしそうに見る。
その時――、
ガタンと音がして、気付けば三蔵が席を立って側に来る。
「…三蔵。」
「散歩に行く。付き合え。」
それだけ言えば、三蔵は名前の手を引っ張って部屋を出て行く。
その様子を黙って見ながら、悟浄は笑った。
「――青臭ェなァ…。」
一番青臭いのは果たして誰だったのだろうか。
気付けば、雨は上がっていた。
鬼灯より転載
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