私は総司が泣きたいくらい辛いのに、強がっていることを知っている。
私は総司が誰よりも、生きることに執着をしているのを知っている。
私は総司が涙を見せなくなった日がいつだったかを知っている。
私は総司が笑っている時は、哀しい時なのだと知っている。
私は――。


















罪深き海に星は眠る
















「名前、いつまでぶすくれてんの?可愛くないよ?」

「大きなお世話。総司こそ何普通に笑ってんの?」

「だって名前が変な顔してるからじゃん。」


総司が私の頬を摘んで笑う。
そんな彼の行動すら、今は私の涙を誘う道具でしかない。


「大体さぁ、何で名前が泣くわけ?僕のことだよ?それに分かってたじゃない。」


ボロボロと涙を流す私にため息をつけば、総司は宥めるように言ってそして笑った。
その笑いが心底気に食わなくて、私は思い切り総司の胸板を叩いた。


「イタ!何なのさ、もう!」


叩かれた総司は意味が分からないとばかりに口を尖らせる。
そんな様子ですら私の心は痛んでいく。
次から次へと溢れ出る涙を止める術を今の私は到底持ち合わせていなかった。


「…バカぁ!何で笑うのよ!総司は昔からそう!哀しいなら泣けばいいじゃない!何で…、笑うのよぉ…。」


彼は労咳を患っていた。
不治の病であることは誰もが知っていた。
その事実を聞かされた時、彼は他人事のように笑って頷いただけだった。
私にはどうしてもその態度が許せなかったのだ。


「――名前。」

「総司…、労咳なんだよ?死んじゃうんだよ?悔しくないの?!」


ドンドン、と。
総司の胸板を叩く私の手は力を増して行く。
けれどもその力にビクともしない彼はやはり男性なのだと場違いなことを思った。


――やがて、その手を振り下ろした時。


そっと彼の手が私の手を握った。
初めてその時、総司の手が震えていることを知った。


「――そ、うじ?」

「僕が悔しくないって本当に思ってる――?」


ポタリ――、と。


生暖かい雫が手の甲を伝った。
それが総司の涙だと気付くのに、時間はそう掛からなかった。


「――僕が名前より先に死ぬことを納得してるなんて、本当に思ってる?」


見上げた先にあったのは、悔しそうに歪んでいる総司の顔。
だけど彼は涙を流しながらも、少しだけ笑っていた。


「――総司、どうしてよぉ…。」


総司に言ったって仕方のないことだと言うのは分かっている。
分かっているが止められない。



どうして、どうして、どうして、


神様は私の大切な人を奪ってゆくのだろう。



「――ごめんね、名前。どうやら僕は君の側にいることさえ許されなかったみたいだよ。」

「そんなの嫌よ、総司!ずっと私の側にいてくれるって言ったじゃない!」

「うん。――ごめんね?」


嗚呼――。
本当の咎人は私なのかも知れない。
彼に笑顔でこんなことを言わせているのは、他でもない私なのだから。


「違う…、違うの。総司は何も悪くない…。」

「うん。」

「総司は…、悪くないの。」

「うん。」


うん、しか繰り返さない彼は優しく私を抱き寄せた。
その腕の温かさが側からなくなるなんて、この世の終焉と同じだと本気で思った。


「――愛してるの。」

「うん。僕も愛してるよ、名前。だから僕のお願い、聞いてくれる?」


見上げた先には、晴れやかな総司の笑顔。
その笑顔が近付いて来て。
唇が触れる直前に、彼は囁いた。

































まさか、その言葉が最後の言葉になるなんて――。
































私は総司が泣きたいくらい辛いのに、強がっていることを知っている。
私は総司が誰よりも、生きることに執着をしているのを知っている。
私は総司が涙を見せなくなった日がいつだったかを知っている。
私は総司が笑っている時は、哀しい時なのだと知っている。
私は――。

































総司が逝ったのは、むせ返るような暑い日だった。
ほうほうと立ち上る線香の煙を見上げて、私も同じように消えてしまいたいと切に願った。


「――名前。」


後ろから声を掛けられる。
振り返った彼の顔を見て、私は少しだけ笑った。


「土方さん。大丈夫よ。そんな顔をしなくても。後を追ったりしないから。」

「――そうか。なら、いい。」


死ぬ前に総司は言った。


『僕の分まで幸せに生きて――。』と。


愛しい人が残した残酷な願いを叶える為に、私は生きて行くのだ。






――だって私は、彼の願いを知っているのだから。


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