どうにも暑くて仕方がなかった。
それはこの季節故か、それともこの曖昧な空気故か、左之助は答えあぐねていた。
ゴクリ、と喉が鳴る。


ミンミンミン、


蝉の鳴き声だけがやけにうるさい。
10日でその一生を終えるのだから忙しないものだとどこかで思った。
その間に出会って恋をして子孫を残すのだろうか――。
正直今全く考える必要のない事実を頭の中で描きながら、左之助は目の前で眠る女を見つめて思った。




俺は――、










祈り歌は空に沈む















話は数日前に遡る。
この蒸し暑い空気は嫌いだ。
汗でベタつくし、男所帯だから匂いも酷い。
情事後のあの独特な汗の匂いは嫌いじゃないが、男の汗の匂いなんて不愉快極まりない。
そんなこんなで、癒しを求めて左之助は島原へと繰り出した。


島原の雰囲気は嫌いじゃない。
何もかもが偽りごとだと分かっている上で見上げる青い空だけは真実だと思えるから。
嘘っぽい、愛と夢を掲げて、男達はひと時の嘘を求める。
今日の太陽は燃えるようだと左之助は流れる汗を拭いながら思った。




もえるような、赤ですね――



俺の髪を見てそう呟いた女がいた。
その女は自分を幽霊だと言った。
どう見ても足はついているし、その弾力のある肌は存在していた(触れていないけれど、)
だけど何故かと問えば、彼女は哀しそうに笑って呟いた。


「――私は、箱庭の中でしか生きられないのです。」


その意味を知ることになるとは。




左之助は立ち尽くしていた。
彼女も立ち尽くしていた。

嗚呼――、そう言うことか。


俺と彼女の間には、真っ赤な格子が隔ててあった。
見世物のように飾り立てた彼女は綺麗だったけれど、
以前の方が数十倍、数百倍綺麗だと思った。
そしてそれを知っている男は、恐らく俺だけなのだろうと変な高揚感。
足が向くのを止められなかった。

思考回路はストップしていて(まるで熱に浮かされている感じ)
気付けば彼女を選んでいた。







「――名前、と申します。」


部屋に着けば、名前と名乗った彼女は三つ指をつく。
その瞬間、頭の飾りがシャランと鳴った。
その髪飾りを手に取れば外してやりながら、静かに問う。


「幽霊じゃなかったのか?」

「言ったでしょう、箱庭の中でしか生きられないと。あの時の私は幽霊だったんです。」


シャラン、シャラン、
やがて髪飾りが無くなれば、漆黒の髪がサラリと宙を舞った。


「――その方が似合うぜ。」

「…貴方はもえるような赤が似合う。」


その表現に違和感を感じた気がした。


「この前は何をしてた?」

「新しい着物を仕立てに。あぁ、丁度これなのですけれど。」


そう言って名前は自分の着物を指差す。
それは艶やかな赤で、それこそ燃えているようだった。


「燃えるような赤、だな。」

「いいえ。これはもえてなどいないのです。これは血の色。」

「――物騒だな、お前。」


不安定な女だと思った。
綺麗な笑顔を浮かべるくせに、ちっとも目は笑っていない。
その綺麗な顔を歪ませてやりたくて。
気付けば俺は彼女に溺れていた。












そして――、今。



俺は自分の前で眠る彼女の顔を見て、再び喉を鳴らした。
独占欲は人を鬼にする。
その後、お前はどうするつもりなのだと問われれば、間違いなく俺は答えられない。


だけど、






名前は言ったんだ。


左之助は誰かを本気で憎める程、人を愛した事がないのでしょう――、と。
自分に少しも優しくないから、他人に優しくなれるのよ――、と。







些細な嘘さえつかないのは子供よりも残忍なのだと、彼女は言った。









こんなにも彼女は俺を知っているのに、俺は一つも彼女を知らなかった。
それが酷く嫌だった。
どれだけ彼女を貪りつくしても、この手で汚しても。
いつも彼女は俺に染まってはくれなかった。


狂っている――、



と気付いた時には既に手遅れ。
憎む程愛していると気付いたのは、残酷な事に俺にそれを教えてくれた人。
今日は出掛けると言うのは知っていたから、待ち伏せてそして攫った。
花魁が島原を抜けるのは、死罪――。
それならば攫ってしまえ、と言うのは何て浅はかな考えだったのだろう。


間もなく彼女が目を覚ます。


その時、俺は何と声を掛けるつもりなのだろう。
嗚呼――、つまり俺は。



とても青臭い恋をしている。









鬼灯より転載


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