ゆらり
ゆらり
燃えては消えるのは
俺の心か…。
それとも…。
最近、気に食わぬ事がある。
それは名前の事だ。
アイツは幼なじみだと言う有川に、俺と同じ様に笑顔を向ける。
同じ様に笑い、同じ様に側に行き、同じ様に触れる。
それが妙に気に食わない。
知らぬ内に仏頂面になっていたらしく、重衡が俺を見て笑った。
それがまた気に食わない。
この感情はなんだ…。
「知盛〜!いつまで寝てるの?もうお昼だよ〜?」
初夏の午後。
惰眠を貪っていた知盛を、名前が起こそうと揺さ振る。
「…うるさい。」
「も〜!将臣くんなんて、朝から起きてるのに!」
…まただ。
また有川と俺を比べる。
奴と俺は何の関係もないと言うのに、何故か苛立つ。
「…ならば、有川のところに行けば良いだろう。相手でもなんでもして貰え。」
冷たく言い放つ知盛に、名前は消沈してしまう。
「…何よ。知盛のバカ!知盛なんて一生寝てれば良いじゃない!」
そう吐き捨てると名前は、知盛の部屋を後にする。
「…バカはどっちだ。」
気怠そうに起き上がれば誰にでもともなく呟いた。
すると自分以外誰もいなかったはずの部屋から、クスクスと笑い声がする。
「…覗き見とは随分な趣味だな、重衡。」
自分とそっくりな顔の弟を、その紫暗の瞳で睨み付ける。
「おや。心外です。たまたま歩いていたら名前殿の悲痛な叫び声が聞こえたので来てみたまでの事。」
飄々と言い放つ重衡に内心舌打ちをしながらも、平静を装う。
「…戯れ事を言うな、重衡。どうせ俺に小言でも言いに来たのだろう?」
「おや。兄上には小言を言われる心当たりがお有りなのですか?」
全てを見透かした様な笑みを浮かべる重衡までもが、今となっては腹立たしい。
「……。」
兄の不機嫌を感じ取ったのか、重衡は苦笑しながら隣に腰を降ろす。
「…兄上。らしくありませんね。見ている方は楽しいですけど。」
苦笑しながら言って来る重衡に、知盛はため息をつく。
「…いらぬ世話だ。」
「でしょうね…。ですが可愛い弟から一つお節介を。」
「…誰が可愛いんだ。」
突っ込む知盛を無視して、重衡は扇を取りし耳元に寄る。
「今朝名前殿は、必死に何かを作っておいででした。何でも将臣殿達の世界の菓子だとか…。」
重衡の言葉に知盛は舌打ちをする。
「フン…。どうせ、有川が食べたい等と言ったのだろう?」
兄の言葉に重衡は笑みを深める。
「…名前殿は、初めて食べる方でも抵抗がないものを作る、と。」
重衡の意味深な言葉に、知盛が片眉を上げる。
「…そうそう。最後にこう申されておりましたよ。『美味しく作ってあの仏頂面を驚かせてやるんだ』とね?」
酷く楽しそうに言う重衡に、知盛は感情を出さずに舌打ちをする。
「…そう言う事ですよ、兄上。」
「…フン。」
雰囲気は丸くなった癖に態度では表さない兄に重衡は苦笑する。
「…おや。では私はコレで失礼致しますよ。名前殿。入っておいでなさい。」
重衡の言葉に知盛は目を見開く。
人の気配に敏感なはずの自分が、全く気付かなかった。
間もなくしてクッキーを手にした名前が、怖ず怖ずと中に入って来る。
「あ、の…。重衡さん、いたの…?」
重衡がいるとは思っていなかったのか、目を丸くしている。
「心配されずともお邪魔虫は退散致しますよ。…兄上。ごゆっくり。」
意味深な言葉を残して、重衡は退室した。
重衡が去り、残された二人の間に何とも言えない空気が流れる。
「…あの。」
「それで…?…さっさと持って来た物を出したらどうだ?」
名前の言葉を遮る様に、知盛が不躾に言う。
「あ…、えと。…コレは。でも知盛の口に合わないかも…。」
怖ず怖ずと差し出されたクッキーに、知盛は視線を寄越す。
視線を寄越しただけで食べ様としない知盛に名前は困った様に言う。
「…やっぱり食べない、よね?」
「…誰の為に作った?」
突然知盛は名前と目を合わせて問い掛ける。
「…え?」
名前は意味が分からずに聞き返す。
「誰の為に作ったかと聞いたんだ。有川の為か…?それとも…。」
「と、知盛の為だよ!決まってるじゃない!」
名前が慌てて言えば、知盛は僅かに口角を上げる。
そのままクッキーを手に取るとかじり付いた。
「ど…、どう?」
名前は心配そうに、知盛の反応を待つ。
「…甘い。次はもう少し甘さを抑えろ。」
「それって…。次も食べてくれるって事…?」
「ク…。さぁ、な…。」
身を乗り出して問う名前に、知盛は素っ気なく答える。
けれど、その口元は確かに笑っていた。
クッキーを食べ終わった二人は、縁側で昼寝をしていた。
最も名前は突然寝ると言い始めた知盛に、仕方なく膝を貸しているだけなのだが…。
「…ねぇ。何で最近、機嫌が悪かったの?…あたしが何かした?」
不意に名前が、知盛に問い掛ける。
けれど聞こえて来るのは規則正しい寝息だけだった。
「…聞いても無駄、か…。」
自嘲気味に、名前が笑う。
それと同時に下から声が掛けられた。
「…気に入らん。」
「…ッッ?!起きてたの?!」
「…お前が有川と一緒にいるのは、気に入らん。」
驚く名前を余所に、知盛は淡々と言葉を紡ぐ。
「…ねぇ。それってヤキモチ?」
名前は知盛の言葉に、うっすらと涙を浮かべる。
「…さぁ、な。」
曖昧な返事をすれば、名前の涙を舐め取る。
まるで猫が毛を舐める様に優雅な仕草で…。
「…とも…ッッ!」
「…くだらん事を聞くな。」
反論しようとする名前の言葉を、知盛は自分の唇で絡め取った。
「ン…、ふぁ…。」
初めてする深い口付けに、名前は頭の芯がぼうっとして来る。
散々名前の咥内を堪能した後、知盛は満足そうに唇を離した。
「…はぁ、ん…。知盛…。」
「ク…。中々良い反応をするじゃないか。」
とろんとした目で見つめて来る名前に知盛は口角を上げる。
「…あたしの事、好き?」
熱っぽい瞳で知盛に問うも、彼の表情は意地悪く笑っているだけだった。
「…やっぱいいや。ねぇ、知盛…。一つだけ聞かせて…。これからも側にいて良い…?」
再び寝転がった知盛に、名前は穏やかに問う。
膝の上で彼が一度だけ頷いたのを、名前は確かに感じ取った。
それは…、穏やかな初夏の午後の出来事。
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相互リク
『Cache-Cache』管理人・天宮祐様へ。
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