夢を、見る。

それはとても遠くて近い夢。




『貴方は誰?』

『それは俺の台詞だ、泡沫の君。』




銀髪に紫暗の瞳の貴方はそう呟く。

美丈夫と言う言葉がこれ程までに似合う人もそういないだろう。



そしてやがて夜が明ける。


『…また、しばしの別れだな。』

『えぇ…。ねぇ、また会える?』

『あぁ、きっと…。』


段々とその顔が遠くなって行く。

覚醒が近いのだろうとぼんやり考えながら意識を失った。
















「名前姫様?今日もご機嫌でございますね?」

「分かる?今日も夢で彼の人に会ったのよ。」

「それは宜しゅうございました。」


クスクスと笑いながら、女房が朝餉を用意する。


「それにしても一体どこのどなたなんでしょうね?」

「さぁ…。それに本当にこの世の方なのかも分からないわよ?」

「まぁ、姫様ったら。」


名前の冗談に笑いが起こる。


「そう言えば名前様?旦那様がもう少ししたらおいでになるそうですわ。」

「お父上様が?珍しいこと。」

「何やらお話があるとの事でしたが…。」






「どうなさいました、兄上?珍しくご機嫌が宜しいようですが…。」

「…ク。目ざといな、重衡。」


瓜二つの顔をした重衡の嫌味を軽く受け流しながら知盛は呟いた。


「お前がそんなに機嫌が良いと明日は雨だな。」

「何か言ったか、有川。」


ジロリと睨まれて将臣は肩を竦めた。


「でもよ、お前がそんなに機嫌良いなんてマジで何かあったのか?」

「…別に。ただ…、泡沫を見ただけさ。」

「は…?」


意味が分からず首を傾げる将臣に苦笑しながら、重衡は知盛に向き直る。


「兄上。父上がお呼びでいらっしゃいましたよ。」

「…?父上が?」





「お父上様!嫌ったら嫌です!」

「名前!聞き分けなさい。もう既に婚儀は確約されたのだ。」

「冗談ではありません!当人の意思も関係なく確約などとはどういう事なのです?!」


父親に引っ張られながら、名前は叫んでいた。


「名前!お前はこの婚儀がどれだけ我が家に幸福をもたらすと思っておるのだ?中納言殿と婚儀が結べるのだぞ!」

「私は地位に興味など有りません!それに私には心に決めた方が…!」

「名前。着いたぞ。行儀良くしろ。」


名前の叫びも空しく、馬車は屋敷へと到着した。





「…父上。もう一度仰って頂きたい。」

「知盛。諦めろ。年貢の納め時だ。そなたの婚儀が決まった。」


何を勝手に言っているとばかりに知盛の顔が険しくなる。

けれど清盛はどこ吹く風で扇子を扇いでいた。


「父上。私の婚儀と仰いましたが相手は?」

「わしの旧友の娘でな。もうじき到着するであろうよ。」

「…既に呼んでおいでなのですか。」


手回しの早い父に、知盛はため息をつく。

朝までの良い気分が台無しだ。


「失礼します。お着きになられました。」




「「…あ…。」」

二人の声が重なったのは、偶然か必然か。

襖を開けて現れたのは、決して昼間に会う事など叶わぬと思っていた想い人。


「…名前?何をしておる?中納言殿に見とれておるのか?」


固まってしまった娘に、笑いながらそう告げる。


「知盛もだ。どうした、お前ともあろうものが。」


珍しい息子の姿に、清盛も茶化す。

けれど二人の視線は交わりあったままだった。


「…ずっと待っていたぞ、泡沫の君…。」


そっと手が差し伸べられる。


「…私は名前と言うのです、知盛さま…。」





それはこれから紡がれて行く物語。


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