「ねぇ、ランス」 「なんですか、エストねえさん」 双子はベッドで眠る幼い弟を同じ顔で眺めながら、小さな声で会話をする。 双子の弟――シルバーが産まれたのは、二年前のこと。 エストもランスも、シルバーさえも、シルバーの母親は知らない。 父親であるサカキへ必死にアプローチをし、一夜限りで捨てられた女だということを、双子の様子を見に来たロケット団の幹部の男に聞いただけだ。 勿論、双子はそのことをシルバーに教えてはいない。愛でる対象である弟が悲しむのを、二人は見たくなかった。 「いよいよ、あしただね」 「そうですね」 「レッドとグリーンはないちゃうかな」 「うらまれるかもしれませんよ」 「それはいやだなぁ・・・」 十年という長い時間を過ごしたトキワシティから、双子とシルバーは翌朝出ていくことになっている。 サカキの本職であるロケット団の活動が、以前より活発化してきたからだ。何かに追われるよう仕事をするサカキが、トキワシティに帰ってくる余裕はほぼ皆無になると言っても過言ではなく、双子を手元に置いておきたいサカキの為、タマムシシティのロケット団アジトへと居住地を移すのである。 しかし、双子は仲の良い幼なじみ――レッドとグリーンに、そのことを告げなかった。 純粋無垢で自分達よりも幼い二人に、ロケット団の存在は刺激が強すぎるだろうという、双子なりの配慮。 ――しかし、そんな些細なことがきっかけになり、未来が大幅に変わることなど、この時は誰ひとりとして知らなかった。 「シルバー、おきないね」 「きょうはたくさんあそびましたから、つかれたんでしょう」 「・・・ねぇ、ランス」 「なんですか、エストねえさん」 「あのおかにいこう」 「きぐうですね、わたしもおなじことをていあんするつもりでした」 双子はまるで息をするかのよう、自然に手を取り合って家を出た。家とシルバーは、双子がシルバーの為に捕まえ、ある程度育てたニューラが守ってくれるだろう。 いつもの丘に着き、いつもの場所に腰を降ろす。 エストの隣には相棒のゴルバット、ランスの隣には彼の相棒のゴーストもいた。 「エストねえさん、いつまでゴルバットにかわらずのいしをもたせているんですか?」 「わたしとランスと、とうさまのゆめがかなうまでよ」 「ゴルバットはしんかしたいようですよ」 「わかってるけど、みんなのゆめはいっしょにかなったほうがうれしいでしょう?」 「ならば、それまでゴーストもゲンガーになるのはおあずけですね」 含み笑いでランスが言うと、ゴーストが不満そうな声を漏らす。ゴルバットはもう諦めているのか、溜め息を吐いただけ。 「ランス、みて」 ふいに、エストがランスと繋いでいない方の手で夜空を指差した。 「きれいなほしぞら」 エストと同じように、ランスも満天の星空を見上げる。 「・・・タマムシシティはとかいだと、とうさまがいってましたね」 「そうだね・・・こんなきれいなほしぞら、もうみれないんだね」 「すべてがおわれば、すきなときにみれますよ」 「うん・・・」 「だから、なかないでくださいませんか、エストねえさん」 「ごめんね」 エストの目尻から零れる涙を、ランスが舌で器用に舐めとった。「くすぐったい」と笑うエストに、ようやくランスもいつもの微笑を浮かべる。 「あしたから、わたしたちもロケット団」 「はい」 「わたしたちは、わたしたちのせかいのために、ひともポケモンもきずつける」 「・・・そうですね」 神妙な表情をするマスター達に、相棒二匹も心を固く決めた。 "二人の世界"をわかっているのは、サカキとこの二匹だけである。 「・・・それでも、わたしたちはそうすることでしか、いきられません」 「わかってるよ。いまさら、きめたことはかわらない。かえられない」 向かい合い、互いの両手を繋ぎ、鏡合わせのように見つめ合った。 「じゃぁ、このほしにちかいましょう」 「そうだね」 「「・・・わたしたちは、」」 「「ずっといっしょ」」 額を合わせ、まるで全てを失くすように、それでいて全てを手に入れたかのように、双子は声を揃える。 「ゴーストとゴルバットには、いやなおもいさせちゃうね」 「・・・すべてがおわるまでの、しんぼうですよ」 「わたしは、"エスト"から"むかんじょうなエスト"に」 「わたしは、"ランス"から"つめたいランス"に」 「わたしへのあいことばは、いつもランスがよんでくれるよびな、ね」 「しばらくは、あねじゃなくなりますからね」 「・・・やっぱり、ちょっとさみしいな。でも、またランスがわたしをよんでくれるっておもうと、たのしみでもあるの」 「むじゅんしてますよ・・・"エスト"」 「うん・・・だけど、それがほんねなんだもの。それじゃぁ、ゴースト、ゲンガー」 「ええ、それでは、」 「「またこんど」」 そうして、双子は双子ではなくなる。 全ては自分達を守る為。そして、自分達の世界という夢を叶える為。 双子の双子としての、エストがエストであり、ランスがランスである意識は、眠るように溶けていく。 残るのは、記憶だけ。 感情は何より強固で丈夫な箱に閉じ込めて、頑丈な鍵で固定した。 「「さようなら、わたしたちのいらないせかい」」 パンドラの匣 (翌朝、変わり果てた双子を見て)(父親の鋭い瞳から、一粒の雫が流れた) 2011.06.20 |