「きれいなほしぞら」 いつだったか、彼女がそう言ったことを思い出す。 そんな空から、人工的に最大限見下ろせる場所まで、私は登って来た。 目の前の光景――たった一人の上司と、その補佐と、"悪の組織"の殲滅の為に勇敢に戦う小さな英雄。 否、英雄に負けたのか、膝を着く上司と、その傍に寄る補佐と、対峙した少年。三人の瞳は、それぞれの感情で、エレベーターをたった一人登って来た私を見ている。いつかの光景――全て失ったと絶望した記憶と、少し重なった。 ――無感情な彼女の瞳に、一瞬だけ、鋭利な刃物よりも良く切れる光が走った気がする。 負けた上司から視線は感じるものの、私の瞳は少年しか見詰めていない。 先程戦い、負けた私が真っ直ぐ向かって来ることに緊張したのか、少年の頬が引き攣った。 「・・・おや?私を気にすることはありませんよ」 「で、も・・・ッ!」 「貴方が私の・・・"私たち"の言葉の意味を理解できたのか・・・その答えを聞きに来ただけですから」 ――警戒心を取り払わない少年に、常盤色の髪と瞳を持つ青年が、ゆっくりと近寄る。 「・・・頬が傷付きましたね。名誉の負傷というやつですか」 そんな常盤色の瞳を細め、苦笑した青年を、少年は信じられなかった。 初めて向き合った時、自身のことを"最も冷酷な男"と名乗った彼の面影はなく、ぴりぴりと痛む少年の傷ついた左頬へ、ひんやりとした手を優しく宛がわれていることが、信じられなかったのだ。 それは彼の唯一の上司である青年も同じで、見たことのない優しい微笑みを浮かべる常盤色の青年を、"理解できない"と凝視している。 「さて、答えは出ましたか?」 手渡された洗いざらしのハンカチを受け取り、少年は先程言われた青年の言葉を反芻する。 "正義の前に、立ちはだかる悪があると思いますか?悪があるから、正義が存在するのだと思いますか?" 「・・・僕が、信じる"正義"の前には、あなたたちがいて・・・あなたちの"正義"の前には・・・僕たち・・・"悪"がい、る」 言いきった少年に、常盤色の青年は一瞬驚いたような眼差しを向ける。そして、帽子が弾き飛ばされた彼の黒髪に手を置いた。 「見つけてしまいましたか・・・"貴方も"、"私たち"と同じである仕組みを」 自分の頭を酷く優しく、悲しげな表情で撫でる青年。 「・・・これを差し上げますから、この先貴方は見ない方がいいでしょう」 「こ、れは・・・?」 少年の手に渡されたのは、ここへ上り詰めるまで使っていたのとは違う、カードキー。それを目に留めた彼の上司が、青年の名前を叫んだ。 「・・・ッ!・・・ランス!!」 「これは、幹部だけが持っている・・・ここから唯一退避できる緊急脱出用のカードキーです。これを使って、貴方はすぐに逃げなさい。自分の振りかざした"正義"を信じたければ」 敵へ脱出経路まで教える常盤色の青年――ランスに、彼の上司であるアポロは、いよいよ焦燥し始めた。 「どういうつもりですか・・・!?」 少年が瀕死状態へ追いやった、彼の手持ちであるヘルガーのように、ランスを睨みつけるアポロ。確かに、彼がどういうつもりで少年にこれを託すのか、思わず受け取った少年にも理解出来ない。 「・・・アポロ。私は、確かに貴方を信頼し、尊敬していました。しかし、貴方には"私たち"の答えを見付けることが出来なかった・・・」 「残念でなりません」 そう言うランスは、ポケットから一つのボールを取り出した。 ――おかしい。 少年も、アポロも、同じ事を思う。ランスの手にあるのは、彼等が今まで見たことのないモンスターボールだ。彼の手持ちは全て、目の前の少年にやられた筈。 しかし、そんな視線を気にするでもなく、随分と古傷のあるそれをランスは空中に放り投げた。 飛び出すのは、鍛え抜かれた鮮やかなバイオレットの、身体。 「・・・お久しぶりです、クロバット」 クロバットは、ボールから出た途端ランスの目の前へ向かう。優しく声を掛けたランスに、「キィ」と嬉しそうに鳴いて、クロバットはパタパタと旋回した。 この場にいる、誰もが驚いた。トレーナーに懐かなければ進化しない筈のズバットの最終形態。 見るからに強いクロバットを、何故今まで隠し、組織から支給されたポケモンだけを育てていたのか。明らかにアポロのヘルガーよりも強いだろうクロバットを、何故? ――様々な疑問が飛び交う。 「・・・驚きました、か?」 ランスの瞳が、クロバットから逸らされる。 「勝手に進化させてしまって、申し訳ありません・・・エスト」 彼の常盤色の瞳は、今までアポロの傍らで無表情に佇んでいた彼の補佐――エストに向けられた。 「じゃぁ、このほしにちかいましょう」 「そうだね」 「「・・・わたしたちは、」」 「「ずっといっしょ」」 信じがたい表情で、エストを見つめるアポロと少年。何も言わない彼女の真後ろに向かって、ランスが言う。 「もういいですよ、ゲンガー」 それもまた、信じがたい出来事だ。彼女の真後ろに、赤い瞳が浮かび上がったかと思うと、それはすぐさま正体を現す。 ランスの言う通り、ここの誰も手持ちに持たないゲンガーは、不安そうに揺れる深紅の眼差しでランスを見た。 「・・・もう、"また今度"は、終わりましたよ」 ランスの言葉へ、不安そうな表情を崩さないゲンガーだが、彼はコクりと頷いた。それと同時に、少年と同じであったエストの闇色の髪が色を変えていく。 「・・・え、」 それが誰の声かは、最早誰にもわからない。彼女の髪は、今やランスと全く同じ、常盤色だったのだから。 「ゲンガーの催眠効果ですよ・・・彼女と私は・・・"私たち"は、正真正銘、生まれる前から双子の姉弟」 「さぁ・・・"嘘つき"の時間は終わりました」 「私たちの"朝"ですよ、 ・・・"エスト姉さん"」 終焉はすぐそこに (真実の謎解きをしましょうか) 2011.06.17 2011.06.19 up |