「・・・・・・おじ、さん?」 「・・・やはり君だったか、レッド君」 「強くなったな」そう言って、レッドに微笑を向ける男を、レッドは良く知っている。 彼が今よりも幼い頃、隣町には大好きな双子の"ねえさん"と"にいさん"がいた。それはまるで「天の使いのようだ」と、地元でもっぱらの評判を得る程。 才色兼備の双子は、まるで俗世の生き物ではないように、完璧だった。そんな双子には、閻魔大王のように恐ろしい雰囲気を持った父親がいたのだ。 ――その父親が、今本物の"閻魔大王"のように、レッドの前に佇んでいる。 数年前、双子と父親が隣町――トキワシティからいなくなってしまった。 泣きわめくグリーンと、ショックに打ちのめされたレッドに、三人の親戚は教えてくれた。 『エストちゃんとランス君は、父親の仕事を手伝いに行ったんだよ。ほら、シルバー君も生まれただろう?あの人は忙しいから、二人がお世話するんだ』 姉のいるグリーンには理解できたらしいのだが、兄弟のいないレッドには、全くもって理解不能な出来事だ。 何故、後からぽっと出てきた奴に、自分の大好きな"ねえさん"と"にいさん"が奪われなくてはならないのかと、思っていた。 数年が経ち、「家族なのだから、当たり前だ」と思えるようになるまで、ただレッドは双子の父親である"サカキ"と、弟の"シルバー"が憎くてたまらなかった。今でこそ「馬鹿げてる」と笑い飛ばせるが、その芽は確かに、今でもレッドの心の奥底に咲いている。 「・・・姉さんは・・・兄さんは、どこ、ですか?」 「・・・二人を探して、こんな所まで来たのかい?」 双子の父親――サカキの瞳には、幾分か驚愕の色が見えた。 それもその筈。此処はレッドのような"子供"が来る場所ではない――悪の組織・ロケット団のアジトであり、"閻魔大王"ことロケット団の頂点に君臨する、サカキの執務室なのだから。 「・・・姉さんと兄さんの居場所がわかったら・・・僕は行きます」 「・・・・・・そうか」 サカキの言葉通り、レッドの目的はロケット団の壊滅ではなく、双子の居場所だ。 ポケモンマスターを目指し、旅に出れば、いつか必ず双子に会えるとレッドは確信していた。それは、同じように双子へ懐いていたグリーンもだ。 ――二人はあんなに強いんだから、自分達が強くなれば必ずどこかで会える筈だ、と。 グリーンと一緒に行動しておけばよかったと、レッドは今、少しばかり後悔している。目の前の男にバトルで負けるつもりはないが、彼が何を考えているのか、さっぱり解らない。 人の感情に疎い自分とは違い、グリーンはその辺りにとても長けている。お互いを補い合う双子の背中を見て育った二人は、必然的にそうなっていた。 そんな双子の父親は、悲しげにレッドへ微笑むだけ。 ――嫌な予感が、ぷんぷんする。 「・・・残念だが、今はまだ教えることが出来ない」 「!どうして・・・」 「今の二人は、君が知ってる二人じゃないんだよ」 「どういう意味ですか」 ――嫌な予感が近づいて来る。理性の代わりに本能が発達したレッドは、機敏にその匂いをかぎ分けた。 意図せず、敬語が抜け落ちる。 「・・・今の二人は、"壊れている"」 「・・・・・・・・・は?」 ――壊れている? ――コワレテイル? エストの優しい笑顔。ランスの暖かな手。 鮮明な記憶の中で、双子はいつでも彼を呼んだ。 「「 レ ッ ド 」」 何故?どうして?二人に、一体何があった? 呆然とするレッドの様子に、サカキは覚悟を決めた。 「・・・"子供"が我々の計画を邪魔しに現れたと聞いた時・・・君かグリーン君だろうと、確信していたよ」 「・・・・・・・・・」 「君が私に勝てば、真実を教えよう」 「・・・しんじ、つ?」 「その代わり・・・君は大きなモノを失う。それでも、聞く勇気はあるかい?」 レッドは、反射的に頷いた。 それと同時に、横で控えていた相棒が臨戦体制に入る。いつの日か、双子がレッドにくれた、愛らしくも強靭な、初めての黄色い相棒。 「ロケット団は、本日をもって解散する」 そう言い残し、去って行ったサカキの"元"執務室には、立ちすくむレッドがいた。 「・・・意味が、わからない」 レッドは、"正義"を振りかざす為に乗り込んだわけではない。"正義"も"悪"も、レッドにはわからない。 ――否、わからなくなった。 レッドにとって、"正義"は自分が信じるものだ。 レッドが信じたのは、家族、尊敬する双子や、幼なじみのグリーン、大切な相棒に、パートナー達。 中でも異彩を放つ双子は、レッドの中でも強い"正義"だ。 「君の信じるモノは、今壊れた。私の野望が潰えた時、あの子達の未来も・・・」 「"消滅する"って・・・なに?」 サカキの言っている"信じるモノ"は、確実に双子のことだろう。 彼は"今の"双子には会わせられないと、そう言った。 「・・・"いま"、の・・・?」 ――では、未来は?明日は?明後日は? 「僕が・・・壊した?」 白い頬に、涙が伝う。 レッドの中で、何かの砕ける音がした。 失われた日 (あの日、あの時の後悔は、) (今も彼の中に深く根付いている) 2011.05.23 |